時間旅行総合警備保障タイム・キーパー
※ この小説内で使用している国家名、年号、出来事の一部は実際のものを使用していますが、
登場する人物、その他多くは架空のものです。
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---大衆の歓声が聞こえる。実に大きな歓声だ。声の一つ一つがドーム上に反響し、さらに歓声は大きさを増してゆく。
会場のど真ん中で歌を歌う歌手の声も、会場に響くベース音も、全て歓声の中に飲み込まれているようだ。
私も叫ばずにはいられない。息を大きく吸って声を……ぶっ!!
「…よぉ竜牙。やっと見つけたぜ。ったく、何やってんだ、こんなところで。」
「……………その声は、…陪損(バイソン)さん、ですか?」
---…後ろから頭を殴られた。そして、叫び損ねた。
-----第一幕 約1億5000年前 ジュラ紀-----
そんな掛け合いがあってから3分ほど後ぐらいでしょうか。コンサートはまだ大きな盛り上がりを見せているのにも関わらず、
ドーム上の会場の退場口から、二人の男が出てきました。一人は少々猫背でボサボサ黒髪の、
もう一人はその男よりも一回りほど大きく、頑健な肉体をし、サングラスをかけた、いかつい男でした。
「…まったく、謹慎処分を受けたと聞いて、励ましてやろうかと思ったのだが…、
まさか謹慎中に勝手に抜け出して、200年前のコンサートに行っているとはな。…ほんと、太い神経してるよな、お前。」
「余計なお世話ですよ。そもそも陪損さんは謹慎の一つや二つで騒ぎすぎです。
…音楽と言うのは、麻薬と同じく中毒性がありましてね。最初のうちは好きで聴いていたのですが、
途中から定期的に聴かないと落ち着けなくなってしまいましてね。。
この時代の音楽は良いものです。好きな歌手の歌声が生で聴ける、しかもこれほどの臨場感の中で。
我々の時代の音楽環境とは、楽しませるという部分で、圧倒的に格が違うと思いませんか?」
「…相変わらず、お前の言っていることは俺には理解できん。音楽で中毒だぁ?ばかばかしい。」
「………まぁ、それならそれで別に構いませんけど。しかし、」
竜牙は自身の考えが受け入れられないことに落胆して、自分のボサボサ頭をぼりぼりとかいたあと、
隣を歩く陪損という名の大男に問いかけました。
「何だ?」
「何故陪損さんが私を?陪損さんほど勤勉に働く社員はわが社にはいない、と渚さんから聞いていましたが。…休暇ですか?」
「あぁ、休暇だよ。…まったく、いい迷惑だ。休暇中にお前を連れ戻せ、とその渚さんから言われているんだ。」
「………何か、急用でも?」
「詳しくは帰り際に話そう。…さ、来い。」
*
「……おかえりなさい、竜牙君。…何か、言う事は?」
「はぁ、す い ま せ ん で し た 。」
「…反省してるんだか、してないんだか分からない物言いね。曖昧な返事は嫌いなんだけど。」
「え、単刀直入に言えと?。反省どころか聞く耳もありませんが…あぅ!」
全く反省する気もなく本音を言う竜牙に、渚は偶然手元にあった杖をつかんで、力一杯彼の右肩に叩きつけました。
彼の右肩からは怪しげな反響音が聞こえ、肩を押さえて、その場に倒れこんでしまいます。
渚はそんな竜牙を冷たい目で見下ろしながら言います。
「…一つ訂正しましょう。私は曖昧なのは嫌い。けど、『本音と建前を使い分けないで、イラつかせる奴』はもっと嫌い。
次言ったら肩胛骨から腰辺りまでをアジの開きのように叩き割るわよ。いい?」
「いてて…、はぁ、それはそれは。気を付けますよ、一応。」
竜牙は肩の痛みをこらえながらも、やっぱりしれっとした返事で答えました。
渚はそんな彼を腹立たしく思いましたが、喉元辺りで怒りを堪え、話を切り出します。
「ま、まぁ無駄話はこれぐらいにして、本題に入りましょう。」
「本題?今のが本題なんじゃないんですか?」
「あのねぇ、私がこんなことのためにあなたを呼ぶと思う?」
「いや、渚さんならやりかねないと。…痛てっ。」
渚は再び杖で、彼の頭を軽くこづきました。
「私を馬鹿にするのもいい加減にしてくれないかしら?…仕事があるの、仕事が。」
「しごと?でも私は謹慎中ですし。」
「そりゃあ私だってあなたに頼む気はなかったわ。でも、今夏の長期休暇で、
社内に戦闘要員(ここでは、旅行者の身の安全を確保するため、警護・戦闘訓練を受けている人材のことを指す。)がほとんどいないの。
その上、残りの要員もほとんど、夏風邪で動けなくなっちゃって…。謹慎中の問題児でも、余ってる人材は有効に利用しないと。」
「はぁ。…全く、嫌な職場ですね。残された従業員の気持ちとかは考えないのですか?」
「うるさいわね。そういうことは社長や株主や、集団で夏休みをとった他の従業員に言いなさい。」
「それに…、わざわざ私が動かなくても、ここにいらっしゃる賠損さんに振った方が良いではありませんか。
私よりも優れていて、かつ模範的なお方でいらっしゃいますよ。」
竜牙は、よっぽど仕事をしたくないのか、自分を連れてきた賠損にそれを振ろうとしました。
賠損は、手元にあった新聞紙を丸めて棒状にして、彼の頭を叩くと、怒って言います。
「馬鹿言うな、せっかくの有休なんだぞ!これから子ども達を連れて海水浴に行く予定なんだ、独身のお前と一緒にするな!」
「むむ、今の一言、全国の独身男性を敵に」
「…はいはい、そこまで。そりゃあ、あなたなんかより、よっぽど陪損君に頼みたいわ。
でも、今回ばかりは賠損君に仕事を頼むことはできない。だって…。」
「有休中ですからな、俺は!」
賠損は、有休であることを渚にアピールしました。が、
「彼には別の依頼が来ているんだもの。」
「そうそ…えぇっ!?」
「ええ、お願いね賠損君。社長に掛け合って残業手当ぐらい出すから。」
「ちょ…、ちょっと待ってください!俺は今有休休暇中」
「人員が足りないの。今日の有休は次に繰り越ししてあげるから…ね?」
「いや、あの!俺はよくても妻や子ども達が」
「あぁ、そのこと。あなたの奥様には、私からお話しておくから、安心していいわ。じゃ、お願いね〜。」
渚はそこまで言うと、客に事情を説明するためか、部屋を出ていってしまいました。
家族との海水浴を無理やりキャンセルさせられて、がっくりと肩を落とす賠損に、竜牙は彼の肩をぽんと叩くと、
「貧乏くじを引いてしまいましたね、フフフ…。」
「き、きさまぁあああああああああ」
*
それから数分後。竜牙は待合室のドアを開けて、時間旅行を希望する客の前に姿を見せました。
中にいたのは、渚と饒舌に話をしている大体40代後半ぐらいの女性と、
気が弱そうで華奢な体つきの男性。そして、まだ小学校高学年程度と思しき男の子でした。
おそらく、三人は家族なのでしょう。渚はお客と何か、話をしていましたが、彼が入ってくるのを見るや、彼の元に駆け寄って言います。
「お待たせ…しました。」
「…あぁ、到着しました。えっと、こちらが、お客様のご旅行に同行する職員です………って、どうしたの竜牙君!」
渚は客に竜牙の事を紹介しようとして驚きました。いつの間にか、彼の顔には、無数の青あざが出来上がっていたからです。
おそらく、先ほどの陪損との会話で彼の怒りを買い、さんざん殴られたのでしょう。
「いえ、あの、これは……。大丈夫、大丈夫ですから。」
竜牙は殴られて若干腫れた顔で笑います。しかし、渚を含む、ここにいる人間からすれば、
それは『どうみても大丈夫じゃない』としか思えないような表情でした。
彼の顔を見て不安になったのか、華奢な男が、渚に訪ねます。
「あ、あのう……、だ、だ、大丈夫なのですか?…あの職員さん、顔が……。」
「え、えぇ!大丈夫!大丈夫ですとも!あぁ見えましても、彼は凄腕ですから!
決してお客様を危険な目には遭わせません!えぇ、それはもう!」
渚は精一杯笑って、彼の不安を和らげようとしました。しかし、彼女は彼の目を見て話す事はできませんでした。
「えぇっと、ご紹介に預かりました、このたびご同行させていただきます、竜牙と申します。よろしくお願いします。」
「…………。」
竜牙は珍しく、軽く会釈して、ハキハキとした声で挨拶しましたが、
賠損に殴られ、青アザだらけの顔でそのような挨拶をされても、客に対する印象は最悪でしかありませんでした。
が、家族側も、これから案内及び警護をする竜牙に挨拶をしないのは失礼だと思ったのか、母親から順に挨拶をしました。
「あ、その〜……。瀬川 美樹です。今日はよろしくお願いします。ほ、ほら、あなたも。」
「あ、あぁ。…同じく、健一郎です。よろしく。ほら、結城(ゆうき)。お前もご挨拶なさい。」
「……瀬川、結城。………。」
父親、母親は竜牙の様相に怯えつつも、なんとか自己紹介をしたのですが、
その息子である結城は、別段怖がっている様子はないものの、竜牙には興味を示さないのか、
うつむいたまま自分の名前を言うと黙ってしまいました。
「…も、申し訳ありません。…なんと言いますか、親の私が言うのも何ですけど、シャイな子でして。」
「あぁ。構いませんよ。慣れていますので。無視されるのも、いじられるのも…ふふふ。」
「?それはどういう意味で」
「ま、まぁ、細かいことは気にしないでください!で、では…、挨拶も済んだことですし、参りましょう。こちらです。」
「え、えぇ。…さ、行きましょう。結城、あなた。」
「そうだな、うん。」
「……………わかった。」
渚はこれ以上言及されるのを恐れ、強引に話を切り上げて、待合室を出ました。
客である親子を先に待合室から出て、竜牙もその後を追って待合室を出ます。
渚は、ドアの外で待機しており、待合室を出る竜牙に、小声で言いました。
「…減俸、2ヶ月。以上。」
「…………………はぁ。」
竜牙はため息をつきながら、待合室を後にしました。
…待合室を出て、タイムマシンの設置されている塔に移るまでの間、
竜牙と渚は、歩きながら彼ら家族の行き先について聞いていました。
「…それで、お客様はどのような時代をご希望なのですか?」
「ええ、1993年をお願いできるかしら。家族で映画を観に行きたいの。」
「はぁ…、映画、ですか。」
「あの、何か問題でも?」
「いえ、とんでもございません。」
竜牙は少々気の抜けた声で、奥さんの言葉をオウム返しにします。
その後、最後列にいる渚の元に駆け寄り、耳打ちをしました。
(渚さん、これはどういうことですか?映画を観に行くってだけで人をよこすなど…。)
(仕方ないでしょ。あの方、帝洋コンツェルンの社長さんよ?知らないの?)
(帝洋?あの、服飾産業日本トップで、世界でも5本の指に入るという、ですか?…どちらが?)
(そ。この有り様でしょ?状況も状況だし、普通のお客様ならお断りするんだけど、
そんなVIP客を逃すわけにはいかないし、断って変なうわさでも立てられたら面倒だ、っていうのが会社の決定みたい。
ま、いいじゃない。映画鑑賞だけなら、前みたいに変なのに襲われる心配もないでしょう。
あ、それと…社長なのは奥様の方みたいね。旦那さんは奥様のこしぎんちゃ…補佐をしているらしいわ。)
(はぁ…まあ、そうですけど。意外ですね。)
(…頼んだわよ。この仕事をきちんとこなせたら、謹慎も減給も取り消してあげるから…って社長が言ってたわ。)
(私は別に謹慎のままでもいいんですけどね。…気楽ですし。)
竜牙は渚から離れるとき、皮肉を込めてぼそっと漏らしていました。
それから数分後。一行はタイムマシン前に到着し、昔の日本円に両替を済ませ、
後は出発を待つばかりという状態です。
「…よし、準備完了。これで、この扉は1993年の映画館へと繋がりましたよ。」
「ご苦労様。しかし…、ちゃんと繋いでいるのですか?
あなた方には前科がありますからねぇ。前は民間人で、しかも私と2人だけだからよかったですが、
今回はVIP客です。少しでも粗相を冒したら…。」
「わ、分かってますよ!少しは我らを信用してください!」
竜牙は、以前彼らのミスによって、不快な気分にされたことを根に持っていたのか、
かなり嫌みったらしい声で脅しました。
が、本当に整備は完璧なようで、竜牙が試しに扉を開けて確認すると、
ちゃんと映画館の入り口に繋がっていました。
「ほぉ、一応繋がっているみたいですね。ま、いいでしょう。お客様、それではこちらへ。」
「…あの、今のは?」
「あー、こちらの話です。お気になさらずに。…それでは、3名様、ご案内〜。」
竜牙は結局、やる気のない声で3人を先導し、扉の中に入ってゆきました。
*
虹色のぐにゃぐにゃとした光の空間を抜けると、そこには、チケットを買うために売り場に並ぶ人々、
主に子ども達がキャラものグッズやパンフレットを買うために集まる小さな売店、
ポップコーンや飲み物を販売している売店では、上映前にそれを買おうとしている客で賑わう、
今日我々がよく目にする映画館の風景が広がっていました。きちんと狙った時間にたどり着けたようです。
「到着です。今食べ物とお飲み物をご用意いたします。何がよいですか?あちらで買ってきますので。」
「はぁ。それじゃあ…その、ポップ・コーン、とやらを。」
「了解しました。飲み物は、こちらで選んできますので、では。」
竜牙は指定された、家族で食べられるLサイズのポップコーンと、
どういう基準で選んだのかは不明ですが、ジンジャエールと、メロンソーダと、カフェオレを買ってきました。
「…はい、お待たせしました。あとは始まるのを待つばかり、ですね。」
「まぁ、ありがとう。悪いわね、わざわざ。…サービスか何かなのかしら?」
「いえいえ。これもツアー代金に入っておりますので。…あ。」
「………………。」
竜牙は売店でポップコーンを買ってくると、彼ら家族に渡そうとしましたが、
そこで、何故か、悲しそうな目をして壁にもたれかかっている、彼らの息子、結城の姿が目に止まりました。
それを見た竜牙は、少し考えた後、ポップコーンを抱えたままもう一度売店に戻り、彼の元に行きました。
「…………はい。」
「………?」
竜牙は、食べ物が売っている方とは別の売店で、可愛くデフォルメされた恐竜の人形を買ってきて、
結城の目の前に出しました。彼は、少々驚いたようで、目を丸くしてそれを見つめます。
「…お気に、召しませんでしたか?……あー、あー、大丈夫ですよ。こちらはツアー代金とは関係ありません。本当のサービスですから。」
「…………ううん。ありがと。おじさん。」
彼は、ようやく竜牙に向かって言葉を発しました。竜牙は少し安心しましたが、
「…ようやくしゃべってくれましたね。しかし、私は『おじさん』ではありません。『おにいさん』です。」
「うん。ごめんね。『おじさん』。」
「…もういいです。失礼。」
竜牙は、ため息をつきながら、彼の元を離れました。そして、一人でしょぼくれたように椅子に座っている父親に声をかけました。
「あぁ、ご主人。…お加減が悪いのですか?そんな景気の悪そうな顔をして。」
「いえ。これが普通ですから。お気になさらず。」
「はぁ。…あの、ご主人。こう言っては失礼かと思いますが、元気ないですねぇ、息子さん。」
竜牙は一家の大黒柱たる父親に耳打ちをしました。彼は頼りなさげな声で答えます。
「はぁ。お恥ずかしい限りで。……私、実はあの、帝洋の社長といえば聞こえは良いのですが…、
商品開発や、他社との交流、株主総会だの…そういう主立った仕事は全てその、妻がやっておりまして。
私は何といいますか…社長秘書、みたいな扱いなんですよ。社でも、家でも。」
「それは…なんというか、大変ですね。でも、それと息子さんと、どういう関係が?」
「はぁ…。実はですね、妻はその〜…、あまり裕福ではない家の生まれだったようで、
昔から何をするにも苦労を強いられる毎日だったみたいなんですよ。その点私は、親の代から社を受け継いでいるので、
もうほんと、アレです。金持ちのぼんぼんだったんですけど。
それで、そのぅ…。生まれてきた息子には、そんな苦労を背負い込んで欲しくないって、
3歳ぐらいの頃からずっと、英才教育に英才教育を重ねる毎日で………。
あの子、結城がそれを重荷として考えているのは私にだって分かります。けど…私の家庭内の地位は下の下、ですから。」
「……反論できない、と?」
「はぁ。まぁ…そうです。今回の映画鑑賞だって、私が妻に土下座して、ようやく聞き入れてもらったものですし。
世間体やどうのの関係で、あまり顔には出していませんけど、断った取引のことや、結城の塾だのの事でイライラしていると思いますよ。」
「そうなんですか。…しかし、土下座ですか。ご主人が。」
「はは。お恥ずかしい限りです。…こうでもしないと、聞き入れてもらえないものですから……。」
竜牙は主人である健一郎の、情けない姿を見て、”あぁ、この人は人の上には絶対に立てないんだろうなぁ”だとか、
”今や、社会経済の主導権は女性にあるのだな”などとしみじみと感じていました。
「……結城のことですけど、あぁ見えてあの子も、結構楽しみにしているんですよ。今日の映画。」
「うわっと!……も、申し訳ありません。別の事を考えていて…。」
そんな事を考えている竜牙に向かって、今度は健一郎の方から彼に向かって耳打ちをしてきました。
「あの子、恐竜が大好きなんですよ。家のあの子の部屋なんて、私には名前のはっきりしない恐竜の人形がたくさんあるし、
将来は、恐竜のトレーナーになりたいなんて……、私にだけこっそりと言っていましたし。
口には出しませんが、今日は非常に楽しみにしているんですよ。あの子は。」
「なるほど。…だから、恐竜の映画、ということですか。観る映画を決めたのはご主人ですか?」
「えぇ。少しでもあの子を楽しませてあげたくて。……美樹の教育方針とはずいぶんとかけ離れてしまいますけど。」
「……教育方針?何かあったのですか?」
「あ、いえ。失言でした。…それはまた、いずれ、機会があれば…。」
「はぁ。(機会なんて…あるんだろうか?)」
竜牙がそのようなことを考えていると、館内アナウンスが流れました。
--…まもなく、4番シアターで……が上映となりまーす。まだ入場していない方は、なるべく早くご入場くださーい。
「おや、そろそろ始まりのようですね。」
「……あら、もう始まるのね。ほら、行くわよ。結城、あなた。」
「あぁ…今行くよ。」
「………………。」
四人は、それぞれ色々なことを考えながら、まもなく始まる恐竜映画を観るため、劇場内に入ったのでした。
…それから2時間ほど後、映画は終了し、彼ら4人は劇場の中から出てきました。
「……映像効果はイマイチだったけど、物語は良かったわね。今の時代にはこういう直情的な感じが足りないのね。
取引先の映画会社さんに、次の会議の際意見を出してみようかしら。」
「なぁ、美樹?そうやって分析しながら映画を観るの、やめないか?」
「何で?大切なことよ。映像技術の革新で、映像の臨場感は大いに高まったけど、
代わりにストーリーはありがちな話でまとめられたり、そもそもないがしろにして売っていくことが多くなったじゃない。
ダメなのよね、それじゃあ。これからは映像ではなく、ストーリーの意外性で売っていかなければ、客はついてこないわ。」
「いや、だから、そういう意味じゃなくて…。」
「いやぁ、あはは、は。…終わりました、か。」
「あぁ、竜牙さん。……どうかなさったのですか?ずいぶんとやつれていらっしゃいますけど…。」
「い、いえ、いえ。…わたしの事は、どうかお気になさらずに。はは、は。」
「そういえば竜牙さん、映画中、ずっと私の手を握っていましたね。たまに汗でぬれたりしてましたけど。」
「え!?そ、そうですか……はは、は。」
「もしかして竜牙さん、こわ」
「そ、そんなこと!あるわけないじゃないですか!ささ、そろそろお帰りの時間です。」
何故か妙によそよそしい竜牙に、二人は顔を見合わせますが、竜牙は強引に彼らの手を引っ張って、劇場を出ようとします。
その時竜牙の目に、映画を見たというのに、割と浮かない顔をしている、彼らの息子、結城の姿がとまりました。
竜牙は、それとなく彼に話しかけます。
「…元気、ないですね。楽しくなかったのですか?」
「……ううん。楽しかった。けど…。」
「けど、何でしょう?」
「………本物の恐竜が見たかった。」
「そう……ですか。」
竜牙は、悲しそうな目をしている彼に、何もいう事は出来ませんでした。
彼は、扉の前で、右腕につけていた腕輪のようなものをかざし、
それにについていた、小さな赤色のボタンを押して不規則に光る赤緑の信号を出しました。
すると、その扉は一瞬ぶれたように見え、扉の隙間から虹色の何かが見え隠れし出しました。
竜牙はそれを確認すると、扉を開け、家族と共に未来の世界へと帰って行きました。
*
「ではお客様。到着手続きが終わるまで、こちらの椅子に座ってお待ちくださいませ。……ただいま、戻りました。」
竜牙は家族を引き連れ、虹色のぐにゃぐにゃとした空間をくぐって、到着ゲートに戻ってきました。
ゲートの前では、渚が腕組みして待ち構えていました。竜牙は、家族をゲートの近くで待たせると、彼女の元へと向かいました。
「おかえりなさい。…なるほど、ちゃんと帰ってきたわね。…心配したわよ。」
「はぁ、それはどうも。しかし、私の方は何も」
「…何を言っているのあなたは。あなたの心配というより…お客様の心配よ。
またあんな事態を起こさないか、気が気じゃなかったわ。」
「…はぁ。」
竜牙はかなりがっかりした様子で言いました。そして、会話が終わるのを待っていたかのように、
受付から係りの者が出てきて、竜牙に声をかけました。
「あぁ、竜牙さん。…お疲れ様でした。いやぁ、良かったですね。」
「お疲れ様です。良かった…とは、どういうことですか。」
「いや、その…実はですね……。」
係の者は、お客に聞こえないよう、手招きして竜牙を受付の中に呼び込み、
受付カウンターの下にしゃがんでひそひそと話します。
「…あまり大きな声では言えないのですが、あなたがたが出発してからすぐ、
『時空間操作』が起こったらしき形跡が見つかりまして。もうすぐゲートの一時閉鎖を行うところだったんです。」
「時空間操作…、ですか。」
───”時空間操作”。この単語が示している意味を述べるためにはまず、
『今日稼働しているタイムマシンが、いかにして時間旅行を可能にしているか』を説明しなくてはならない。
我々が使用しているタイムマシンが何故、時間旅行を行えるのか?
それは、向かいたい時代の時空間転送座標を探しだし、2100年代に生み出された、
核をも越える高純度・高出力の、新たなエネルギー物質、『ユニクトロン』を使った機械で、
現代とその座標間を、一本道の空間に繋ぎ止めるからだ。
これは、ベルト型のものであろうと、飛行機型のものであろうと、原理は変わらない。
”時空間とは、目には見えないが、常に我々の目の前に存在しているものだ”、
という学説が世の中で認められてから、各国の科学者は競って研究を重ね、結果、その座標を
探しだすことまでは、2080年代頃と、割と早い段階で確立していた。まだまだ未熟な当時の技術でも、
数秒間程度ではあるが、過去の世界を『見る』ことはできていたのだが、
そこから、その時代に『行く』ことができるようになるには、先に紹介したユニクトロンエネルギーの発見・開発を待たねばならなかった。
…若干、答えの後に余談が入ってしまったが、
要は、『強力なエネルギー効果で、過去と今を繋いでいる』と考えてもらえれば相違ない。
簡単で安全に見えるシステムだが、技術革新とともに問題も起こった。
過去と現在を繋ぎとめている部分に、別の座標をはめ込むことで、
『帰り、もしくは行きの目的地を変えてしまう』という事態が起こるのだ。
タイムマシンの転送エネルギーを感知できる装置さえあれば、別にそれは、どこから行っても構わない。
たとえそれが、目標から数百キロ離れた場所であっても、未来や過去であっても、だ。
そんなことを起こす理由や相手は限られている。…『時間犯罪者』が我々をかく乱するためだ。
「……となると、出動ですか?参りましたねぇ。今人員は私しかいないじゃないですか。…またの機会にしませんか?調査は。」
「いえ、大丈夫ですよ。調査に出るのは、『政府直属の調査班』だそうですから。」
「……何ですって?政府の。」
「はい。知らないんですか?時間旅行できるのは何も、別に我々だけってわけじゃあないですし。」
「そうじゃありません。…いるじゃないですか、人員が!なのになぜ!私や陪損さんが休日出勤せねばならないのですか!」
「え!?あ、いや…その…。」
「こらこら。事情も知らない人に食ってかかるのはやめなさい。
それに…あなたは休日出勤じゃなくて、謹慎中に勝手に抜け出してライブに行ってただけじゃないの。」
「あ…渚チーフぅ……。」
竜牙は事情を説明した受付の彼に文句を言いました。彼は言葉に詰まります。
するとそこに、仕事を終えたらしい渚が受付前にやってきました。受付の彼はすがるような目で彼女を見つめます。
「…じゃあ、どういう了見なんですか?」
「だって、そこの調査班ってば、戦いと機械関係のことしか能のないおっかたーい連中なのよ?
客商売はおろか、営業スマイルもジョークも言えない。そんな人たちを呼んだら、会社の信用ガタ落ちだわ。…まぁ、あなたも同じような感じではあるけどね。」
「…とは言いますがね。今は猫の手も借りたい状況なのではないのですか?」
「まぁ、建前上はそうなんだけど…、本当はね、社長が政府に借りを作るのを嫌がってるみたいで。
…当然よね。個人企業が政府に弱み作っちゃったら、有事の際に経営者降ろされちゃうかもしれないし。」
「はぁ。……とはいえ、従業員の私からしてみれば、納得のいかない理由ですね。」
竜牙は、心から残念そうな顔で渚と受付の彼を睨みつけました。渚はそんな彼の眼光を無視して、
「ま、そういう理不尽なところが『社会』ってものよ。あなたも大人なら、
それぐらい飲み込んで、とっとと消化しちゃいなさい。さ、お客様がお待ちよ。…さっさと行く。」
「………………。」
「…あの。何かあったんですか?こころなしか、不機嫌そうな顔をなさってますが。」
「あ、いえ。…問題ございませんよ。今となっては。……いてッ!」
「……。」
竜牙は不機嫌ゆえ、かなり引きつった笑顔で奥さんに返しました。
こんな態度では、後ろにいた渚にスリッパで頭を叩かれても仕方のないことかもしれません。
そして、そんな中、何人かの客を連れて、陪損が過去の世界から戻ってきました。
「…あぁ、陪損さん。お疲れ様です。」
「…お客様、お疲れ様でした。では、到着ロビーの方へ。……おぉ、竜牙。お前も、御疲れ。」
陪損は、連れていたお客に軽く会釈し、到着ロビーの方に行ってもらうと、竜牙の方へと歩いてきました。
竜牙も、陪損の会釈に合わせて、彼の連れていた客に対し会釈します。
「それにしても、運が良かったですね。」
「…?どういうことだ?」
「あー。実はですね、今しかた『空間閉鎖』が行われる所だったのですよ。」
「空間閉鎖?…何か問題があったのか?」
「えぇ。…それで、今から調査に出立するらしいですよ。…数少ない人員をどこかからよこして…だそうですが。」
「ちょっ…!なんでそこで私を見るの?」
竜牙は渚の方をうらめしそうにちらっと見て言いました。
「そりゃあ助かった。休日出勤だってのに、おまけに帰れなくなっちまったらどうしようもねぇ。お客様にも迷惑が掛かる。」
「まったくです。…閉め出されていればよかったものを。…うげっ!」
「何か言ったか?」
竜牙は先ほど殴られたことを根に持っているのか、小声で悪態をつきました。が、聞こえていたらしく、
賠損にまた頭を軽く叩かれてしまいました。彼の後頭部にこぶができます。
「いてて…それはそうと賠損さん。どこに行っていたので?」
「あぁ、『恐竜のいた時代』だ。どこかの学者様が、自分たちが過去の世界に放し飼いにしている恐竜の様子見がしたかったんだとよ。」
「恐竜の放し飼い、ですか。まったく、厄介な時代になりましたね。」
「まったくだ。そいつらに襲われたとき、助けるのは誰だっつー話だ。…でも、お前。」
「…は?何でしょう。」
「こんなところで俺とだべってていいのか?…ほら。」
「あ。」
賠損が指差した先には、竜牙がそこで待つようにと言い、ずっと待っているあの家族がいました。
竜牙が渚や陪損とずっと話をしていて、一行に手続きとやらが終わらないので、いらだったのでしょう。
「あ…、お、お客様!お待たせしてしまい、どうも、あの…。」
竜牙は家族の、とりわけ奥さんの鋭い視線を背中に感じ、全身に軽いおぞけが走ります。
彼はすぐさま彼女に詫びを入れようとしますが、彼女のその鋭い目付きと、明らかに不機嫌そうな顔に、
竜牙は頭の中から言葉が出てこず、中途半端にどもってしまいました。奥さんはそんな彼の元に歩み寄り、イラつきまじりな態度で言いました。
「まったく、何をしているのですか!私たちはあなた方と違って、時間にゆとりがないんです!
私と夫は、この重役会に出席しなければなりませんし、息子だって、後2時間ほどで塾に行かなければならないんです。
何もないなら早くここから帰してください!」
「申し訳ございません、今手続きを…。」
「申し訳ない、じゃないでしょう!そもそもあなた、仮にも客商売に師事する人間なのでしょう?
お客を待たせて、他の従業員と会話していて放置だなんて言語道断だわ!」
「すみません、すみません…。返す言葉も……。」
竜牙は、奥さんに怒られている最中必死に謝っていましたが、一瞬だけ、すがるような目で賠損の方を見ましたが、
当の賠損は、まるで、『いや、それはお前が悪い。諦めろ』とでも言うように、目をつぶり、顔の前で軽く手を降り、受付の方へと行ってしまいました。
彼は最後の希望を絶たれ、視線を戻し、がっくりとうなだれてしまいました。奥さんの追求はなおも続きます。
「…ちょっと!聞いているのですか!?」
「…はぁい。」
奥さんに怒られ、うなだれるその様は、まるで『テストで悪い点を取って、母親に叱られる子ども』のよう。
大の男が、まったくもって情けない限りです。そんな状況を見るに見かね、受付から渚が出てきて、仲裁に入りました。
「お客様…!誠に申し訳ございません。この馬鹿の不手際で不快な気分にさせてしまいまして。」
「……あなた、管理者の方ですか?社員にどんな教育をなさっているのです?これは流石にひどいじゃありませんの?」
「えぇ、おっしゃるとおりでございます。…どうか、怒りをお納めください……。」
渚が仲裁し、奥さんが不平不満をぶちまけている最中、彼女の旦那が彼の元に歩み寄り、申し訳なさそうにおずおずと竜牙に話し掛けます。
「すみませんでした…。あの、妻があのような感じで。」
「い、いぇッ。こちらこそ、お客様方に失礼な真似を。」
「いえいえ。そんなに大したことでは。…私は構わないのですが、妻はあぁいう人でして。
先日、交通状況の関係で、大切な取引に遅れて、一つ商談をダメにしてしまったことで、少々ヒステリックになっているみたいなんですよ。」
「なるほど…、無神経な真似をして、大変な失礼を致しました。」
女性陣は未だに収拾がつきそうにありませんが、男性陣の方は双方共非礼を詫び、
…このまま行けば、このクレーム処理は、せいぜい竜牙の罰則がさらに強化される程度で収束を向かえるはず、でした。
しかし、この問題のせいで、思いもよらないところから、さらに面倒な事態へと発展していくことになったのです。
…それは、彼らが皆、竜牙の周りを囲むように密集し、クレーム対応に追われている、まさにそのときでした。
竜牙、陪損、渚。彼らは皆、上記のクレーム対応で手一杯。クレームに対して注意を促す側である美樹も、
それをなだめようとする健一郎も、皆、自分達のことで精一杯。…まさか、こんなことになるとは、予想もしていなかったでしょう。
………異変に真っ先に気づいたのは竜牙でした。主人の健一郎と、割と和やかな話をしている際、
自身の視界に、先ほどとは微妙に違った光景が広がっていることに気づいたのです。
「………………何か、足りませんねぇ。」
「?…何か、と言いますと?」
「ほら……、私は先ほど、あなた方にそちらの椅子で待つように言ったじゃないですか。
そうなると、若干足りないものが………………あ、あぁあああああああああッ!!」
竜牙は、「違和感の正体」に気づき、はたから聴いていると気の抜ける奇声を上げました。
争ったり事態を収束させようとしていたほかの人たちも、その声に反応し、竜牙の方を向きます。
「……どうしたの、竜牙君。」
「あ、あぁあ、あぁ……、お子さんが…お子さんが…………いない!!!」
「あぁ、なんだ。…そんなこと。…………え、えぇええええええ!?!」
「な、何ですって!?あ、あああああああああああ、あ。」
「ちょっ…おい、美樹!しっかりしろッ!!」
違和感の正体…それは、皆が様々な思いで一生懸命になっていた中、ただ一人だけ放置されていた、
彼ら家族の一人息子、結城の姿がどこにもないこと、でした。
今まで渚に、もはや竜牙の情けない態度ではなく、社員教育のあり方を説いていた美樹は、突然意識を失って倒れ、
夫の健一郎に抱きとめられました。
「誘拐…誘拐なのかしら!?なんてこと!お客様の目の前でこんなことに……。」
「落ち着いてください渚さん。…わざわざ探す必要などありません。彼が向かった場所なら検討はついています。…ここ、でしょうね。」
「何!そ、そこ…ですって?」
竜牙は、右手の人差し指で、彼の行方と思しき場所を指し示しました。
「えぇ。…出入り口は、今我々が言い争っていたこのゲートしかありませんし、他にくぐりぬけられる場所は、ない。
となると、ここを通って行った。…子どもでも分かります。」
「でも………!その先がどんな場所か、ゲートの上の文字を読めば、分かるはずでしょう!」
「えぇ。…そう、なんですよ。だからこそ、彼が向かったのは、ここしかありえない。」
竜牙は、頭の中で、結城が帰りがけに言っていた言葉を何度も反芻していました。
”本物の恐竜が見たかった”という、両親にも漏らさなかった彼の本音を。
「と、言うわけで、私が行きましょう。たとえ小さな子どもだとしても、私のお客様…ですので。」
「そうね。…あなたのその、さっきの無責任な対応の責任も取ってもらわないといけないし。お願いするわ。」
「いえ、あの。そういう意味で言ったのではなく。」
竜牙はカッコつけていったつもりだったのですが、先ほどのクレームの件が先に来ているせいで、
それを聞いた渚には、言葉の本質は正しく理解されませんでした。
竜牙はがっくりと肩を落として、ゲートの前へと向かいます。が、そこで、渚に呼び止められ、歩を止めました。
「あ、ちょっと待ちなさい。…これを。」
渚は、受付から薄い茶色のリュックサックを取りだし、竜牙に渡しました。
「これは?」
「さっき賠損君が、そこに向かった際に持っていったリュックサックよ。何かの役には立つでしょう。」
「はあ、お気遣い、ありがとうございます。」
「…それはいいから。ちゃんとお客様を連れて帰ること。でないと、今あなたが住んでるアパート、引き払ってもらうわよ?」
「なッ!……ぜ、善処します。」
「………あの、竜牙さん……。えっと、その」
健一郎は、妻の美樹を抱きかかえたまま、必死な目で竜牙を見ます。竜牙は、彼が次の言葉を発するよりも先に、
「…ご安心下さい。時間が時間ですし、まだ遠くには行っていない筈。お子さんは無事、私が連れて帰りますので。」
「お願いいたします。…軒並みな言い方しか出来ませんが、お願いします。」
竜牙はそう言って、健一郎をなだめると、自分の肩幅よりも二周りほど大きいリュックを背負ってゲートの中に消えてゆきました。
「あの、こんなことを言うのは、あの方、ひいてはあなた方に失礼かと思いますが…、
大丈夫なのですか?あの方、お一人で。」
「…お客様のご心配は当然ですね。ですが、問題はございません。
あの男は、客商売ごとについては最悪ですけど、与えられた仕事はきちんとこなす男ですから。…馬鹿ですけど。
ささ、まずは奥様を医務室に。」
「え、えぇ…。そう、でしたね。」
(頼んだわよ馬鹿…じゃなくて竜牙君。…前みたいに、死体だけ運ぶだけじゃダメなんだから………。)
(…くそッ、どうなってる!今、一人の子どもの命が危ないんだぞ!
…落ち着け、膝!鳴るな、歯の根!なんで、こんな時に…、こんなにも、心が騒ぐ!?)
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