時間旅行総合警備保障タイム・キーパー


 



















※ この小説内で使用している国家名、年号は実際のものを使用していますが、
登場する人物、出来事などのほとんどは架空のものです。

---気持ちの良い気候だ。穏やかな風が私の顔を、体を、足をなでて、あてもなくどこかへと去ってゆく。 できることならずっとこうしてここでのんびりとしていたい。 「……君!……君!」 ---どこからか声が聞こえる。おそらく私を呼ぶ声だろう。残念だ、私はしばしの間、この場所を去らねばならない。 「ふぁい。…すぐそちらに向かいます。」 ---上司の声に、体を起こしてあくびを一つして答える私。仕事が待っている。 私の仕事は、「時間旅行総合警備保障タイム・キーパー」だ。
-----  2002年 イラク戦争 -----
「竜牙(りゅうが)君。いくら仕事がこないからって、勤務時間中に『憩いの場』で昼寝なんて、給料を減らされても知らないわよ?」 「…すみません渚(なぎさ)先輩。でもまぁこういう仕事ですから、休める時は休んでおきませんと。休みなく働かされるのは御免ですから。」  「竜牙」と呼ばれた、ボサボサで赤みかかった髪の男は、「渚」と名乗る長い茶髪でインテリな教師がつけていそうな三角形メガネをかけた 細身の女性に、頭をかきながらめんどくさそうに答えます。渚は、はぁとため息をつくと、こう続けます。 「まったく、他の人たちはバリバリ働いているっていうのに、あなただけダラダラして。…出世とか興味ないの?」 「えぇ。私は別に、出世だとか偉くなるだとか…そういうのは興味ありませんよ。ただ、ちゃんと人並みの生活できれば、それで。」 「…はぁ。中流思考も結構だけど、そんな考え方じゃ、この世の中、上手く渡ってゆけないわよ?いいの?」 「ははは。ご心配なく。そのときは自分でなんとかしますから。…ふぁ〜。それはそうと、今日の仕事は何なんです?」  竜牙があくびを一つして、やる気なさそうに聞くと、渚は持っていた携帯電話のような機械をぱちぱちと操作し、何かのデータを呼び出しました。 何十行かの文字列が、画面の上にホログラム映像のように映し出されます。 「あぁ、それね。えっと…、今日は、2002年のイラクに行ってもらうわ。依頼者は…2号棟でお待ちだから、急いでね。」 「はぁ。…2002年っていうと、イラク戦争下の時代ですよね。あんな所に行って何が面白いんだか。」 「竜牙君。…社訓・第10条を言ってごらんなさい。」 「『社員はお客様の都合に干渉してはならない』…でしょう?それぐらい私でも知っています。ただ、私にも言いたいときがあるのです。 依頼者は今ここにはいらっしゃらない。誰の損にもならないでしょう、こんな戯言。」 「分かってるならいいけど…、お客様の前でそんな事言っちゃダメよ?分かった? それと…服装はさておき、そのボサボサの髪はなんとかならないの?お客様に対して不快な印象を与えかねないわよ?」  渚は子どもに注意するような口調で竜牙に言います。その口調に少しムッときたのか、竜牙は少し意地悪そうに、 「はいはい、分かってますよ。…いいじゃないですか、髪ぐらい。」  と、ふくれっつらでぼそっと言いました。  ---2147年、時空間移動機械…俗に言う、タイムマシンが完成した。タイムマシンの完成で、 今まで私達が知りえなかった数々の謎、隠されていた真実、その他諸々の事実が数々判明し、 タイムマシンは22世紀最高の発明と称された。 しかし、タイムマシンには…いや、そもそもこの時空移動は、ある重要な欠陥を抱えていた。…「タイムパラドックス」である。 タイムマシンが出来てから数年で、過去の重要な事実を知りえたから、また、過去の悲しい現実を書き換えたいから、 過去の世界で、現代の科学力を用いてその時代に君臨しようとか、 いわゆる「現代の科学や知識、思想の力で過去を書き換えようとする」輩が爆発的に増加したのだ。 もちろんそんな事を許すわけにはいかない。 どんな事情であれ、過去を書き換えてしまえば、私達現代に生きる人間に大なり小なり、何か厄介な問題が発生するからだ。 タイムマシンが発明されてから50余年、そのような問題の打開策として登場したのが、 「時間旅行総合警備タイム・キーパー」だ。今年で創設8年になる、割と日の浅い組織である。  彼らのやることは大きく分けて二つ。 一つは、タイムマシンの出す独特のエネルギーを感じ取る機械を用い、過去へと旅立つ輩を監視し、 もしも過去の書き換えを行おうとするような輩を見つけたら、その時代へと急行し、問答無用で始末する。 いわば、政府公認の特殊部隊だとも言える。 二つ目は、タイムマシン派生と共に出来た、大手時間旅行専門会社「P(パシフィック)・トラベラー」社で時間旅行者が出た際、 そこで旅行者が安全な旅をすることが出来るようにするための、いわば護衛任務である。 また、当然その中には『過去の歴史を改ざんさせないよう、旅行者を監視する』役割も同時に担う。  主人公、竜牙が今回受けた仕事は当然その二つ目だ。何でもイラク戦争下のイラクへ行きたいという旅行者が出たらしい。 「いや、私も一応はプロですからね、仕事に対してクレームはつけませんが、何故好き好んで戦争下、 しかも、一番危険な戦場に行きたがるのか…、到底理解ができませんね。何を考えているですかねぇ、今回の依頼者は。」 「…愚痴るのもいい加減にしなさい。ほら、着いたわよ。」  竜牙がそう愚痴りながら歩いていると、2号棟の扉の前で、渚は彼の口を手で塞ぎ、 ドアについているチャイムを鳴らして中に入ります。  中で待っていたのは、まだ20代半ばといった辺りの、潤いのある栗色の髪をした女性でした。 竜牙は軽く会釈して自己紹介をします。 「どうも。今回依頼されてやって参りました、竜牙 銀次郎です。どうぞよろしく。」  竜牙は、あまり声に抑揚をつけないで言いました。女性の方も自己紹介をします。 「あ…、私は美空 由実香(ゆみか)です。今回はよろしくお願いします。」  美空と名乗る女性は、竜牙のだらしない風貌に少し驚いた様子でした。竜牙はそんなことおかまいなしというように、 そのまま彼女の向かいのイスにすとんと座ります。竜牙は一呼吸おいた後、彼女に聞きます。 「では、ご旅行の際に、いくつか注意点がありますので、まずはそこから。 まず一つ。『何か特別やむを得ない事情がない限り、護衛の私の側を離れないこと』。 …私から離れた状態で何か事故を起こさないようにするためです。 二つ。基本的に私はお客様であるあなたの指示、ご要望に出来る限りお答えしますが、 何か生命の危機に関わるようなことがあった場合は、必ず私の指示に従って行動すること。…理由は最初のとあまり変わりません。 そして最後に、一番重要な事を。何があっても、過去の世界に干渉し、歴史の改変を行ってはならない。 …これだけは絶対に守ってください。犯した場合は………、まぁ言う必要もないでしょう。 あ、干渉といっても、何か過去の世界で物を買ったり、どこかに泊まったり、過去の人間と普通に会話をする分には構いません。 通貨の方は、出発前にこちらでお客様の所持金を、その時代の通貨に合わせて両替いたしますので。 ここまでで、何か質問はございますか?」 「……あの、では、一つだけ。」  美空は、少し神妙そうな面持ちで竜牙に聞きます。 「はい。なんでしょう。」 「干渉って…一体どれくらいの範囲まで、なのですか?」  それを聞いた竜牙は、ほんの少しだけこわばった表情で美空に言います。 「………それは、こちらの判断次第です。…では、こちらからも質問させてください。お客様は何故、そのようなことを?」  竜牙は美空に聞き返します。心なしか、最後の一言は、今までの口調よりも重苦しく感じられ、 美空は一瞬ぎょっとしてしまいました。少し呼吸を置いた後、美空は焦りながら答えます。 「あ…いや…。一応…『取材』目的で行くわけですので、どの範囲までの質問ならしてもよいのか…などと思いまして。」  竜牙は怪訝そうな顔で美空をしばらくの間見つめると、目線を顔から体の方へと向けて、こう言います。 「そうですか。まぁ、いいでしょう。…それでは、準備が出来次第出発しましょう。…発着ロビーの方へと向かいますので、着いてきてください。」 「はい。」  二号棟を出て徒歩4、5分。美空は「発着ロビー」と書かれたひときわ大きな場所へと通されました。 少し目線と上へと向けると、「1860年 江戸」だとか、「白亜紀 現アメリカ領内区域」などと、 どの時代に向かうのかを示す電光掲示板のようなものが取り付けられていました。  その後美空は、受付のような場所でさっき竜牙にも言われたような注意を2、3受け、荷物のチェックと所持金の両替を済ませると、 「2002年 イラク」と書かれたドアの前に通されました。美空は竜牙に聞きます。 「あの……、こ、これがタイムマシン…なんですか?」 「おや、お客様。時間旅行は初めてですか?えぇ、これがタイムマシンです。我が社のタイムマシンは自動ドア式なのです。」 「自動ドア式…、ってことは、他にも色々とタイプが?」 「そうです。一般的に知られているのは大人数を搭乗させられる飛行機式、少人数で向かう際の小型車式、 それと、発表されたばかりで安全性に問題がありますが、一人で手軽に時間移動が可能なベルト方式というのもあります。 我が社の自動ドア式は、その時代のどこかの扉とこの扉を有機的に繋ぎ合わせて、そのまま過去に向かうことのできるシステムなのです。 直接その時代に繋ぎますので、時空乱流による遭難事故や磁気嵐による人体への被害はまったくなく、体の弱い方でも安全に過去に行くことが可能です。 が…かなりエネルギーを消費する上、形式が形式ですので、たくさんの人を運ぶことは適さないわけですが。 まぁ、前置きはこれぐらいでよろしいでしょう。では、向かいますよ?ご準備の方はよろしいですか?」  竜牙の一言に、美空は黙ってこくりとうなずきました。 「はい。では……一名様、ご案内ー。」  竜牙はあまりやる気のない声でそういうと、自動ドアのボタンを押しました。がーっと開いたドアの向こうには、 虹色のぐにゃぐにゃとした光が渦巻いていました。竜牙は美空の手を取り、その光の中へと入ってゆきました。
虹色のぐにゃぐにゃした光を抜け、竜牙と美空はとりあえず足で地面を踏みしめます。ちゃんと地面のあるところに出られたようです。 しかし、そこは…変なにおいが立ち込めたせまい場所でした。先に到着した竜牙は、辺りを見回して、ここが何処なのかを確認します。 「……なるほど。そういうことですか。やられました。」 「やられた!?ど、どういうことなのですか!」  美空は驚いて竜牙に聞きます。しかし竜牙はふぅと息を吐いたあと、特に焦る様子もなく、彼女に返答します。 「やられましたよ。ここ…使われていない公衆トイレのようですね。」 「へ?」 「まったく…困ったものです。確かにここで死ぬようなことはないでしょう。ですが、つれてきた場所がトイレとは…。 あの受付の二人は、社長に減俸処分にしてもらうよう懇願しましょうか。」  竜牙はいたってマイペースにそれだけ言いました。美空はぽかーんとしています。 「あぁ、無駄話をかような臭いところで長々としていてもしょうがありませんね。一旦外に出ましょうか。」 「そ、そうですね。」  二人は近くのドアを開けて外へと出ました。 イラクの空は、たまに吹きすさむ砂嵐の影響か少し茶色く、ときたま吹く風もその影響で少し痛みを感じるものでした。 目の前に広がる光景は、数々の戦闘からか、壊れて穴だらけになった民家や、看板が壊され、何の店だか分からない店舗、 市街地に不釣合いな軍用車がごった返しています。竜牙は辺りを見回したあと、美空に話しかけました。 「街ひとつが戦場となって、多くの人々が逃げ惑い、そして死んでいった哀れな戦場。…せつないものですね。」 「そう…ですね。」 「まぁ、それはさておき。これからどうなさいますか、お客様?」  竜牙はそういうと、ズボンのポケットから先ほど渚が持っていた携帯電話のような機械を取り出し、ポチポチとボタンを押します。 しばらくすると、この近辺の地図が映像となってその機械から映し出されました。美空は、それを見て彼に指示をします。 「それでは……、ここから10kmほど離れた、この廃ビルに向かってください。」 「……………。」  竜牙は彼女が指を指した場所を神妙そうな面持ちで見つめたあと、頭をぽりぽりとかきながら 「了解しました。では出発しましょう。しかし、その前に…。」  竜牙はもう一度辺りを見回して、近くにあった緑色の軍用車に目をつけました。おそらく誰かが乗り捨てて行ったのでしょう。 竜牙は辺りに誰もいないことを確認すると、持っていた工具のようなもので車のドアをこじ開け、中に入ってゆきました。 美空は驚いて竜牙に言います。 「ちょ、ちょっと!なにをしてるんですか!それ、人の車ですよ!?」 「何って…足となる車の調達です。こんな物騒な場所を歩いていくなんて危険です。それに時間の無駄でもあります。」 「それは…そうですけど、でも、それなら『エアライド』に乗れば…。」 (注;彼らの住む時代で主流となっている車。特殊クリーンエネルギーで空を飛ぶ。) 「はは、確かにそうですね。ですが私、エアライドの免許を持っていないんですよ。…試験に何度も落ちてしまいまして。 ですが、こちらの運転には自信がありますからご安心を。それに、ここは200年ほど前の時代です。 せっかくですから、この時代の物を通して時代の趣を味わうのも良いとは思いませんか?…っと、大丈夫のようですね、お乗りください。」  美空は少し考えたあと、黙ってうなずいて車に乗り込みます。 「でも……大丈夫なんですか、これ。犯罪なんじゃ…。」 「心配ご無用。…あとでちゃんと戻しておきますから。」  緑色の軍用車は、吹きさらす砂嵐の影響か、少しほこりや砂っぽくて乗り心地は良いとはいいがたいものでした。 竜牙はアクセルを踏みながら、カーステレオの部分をいじっています。 「あ、あの!ちょっと!…前、前!」  美空は竜牙に注意を促しますが、彼は無視してかちかちと何かを取り付ける作業に夢中です。 「おっと。助かりました。どうやら音楽が聴けそうですね。えっと……ここを、こう。」 「あの!だから、前!」  竜牙は、車のカーステレオらしきものに、持っていた工具で改造を加えて、自分のポータブルプレイヤーと繋げるようにしました。 繋ぎ終わると、彼はプレイヤーのスイッチを入れて車を走らせます。 カーステレオから、激しいながらも少し愁いのあるギターとドラム音、悲しげな女性の歌声が聞こえてきました。  曲は、「歌舞伎町の女王」。この時代の日本の女性アーティストの曲でした。歓楽街に魅せられ憧れを抱く、歓楽街の女王を母に持つ女の子。 彼女の母は、彼女が15歳の時に、よく会っていた男とどこかへと行ってしまいます。 その後母を憎みながら、自分も母と同じ道を進み、遂には母と同じ歓楽街の女王へとなっていく過程を歌った短い歌です。 竜牙はその曲を聴きながら、上機嫌に鼻歌を歌っています。美空はそんな竜牙に話しかけました。 「あの…好きなんですか、この人の曲。」 「ふんふ〜ん。…あっと、申し訳ありません。気にさわりましたか?」 「いえ。私も好きですから。…前さえ向いてくれれば、別に。」 「そうですか。それはよかった。…他にもたくさん曲を用意しています。もう少しお聞きになりますか?」  好きな歌手のことを振られたとたん、彼はいきなり饒舌になりました。同じ趣味を持つ人間がいて嬉しいのでしょう。 ちょっと愁いのある音楽を車内に街中に響かせながら、車は郊外のほうへと進んでゆきます。
 それから数十分後。二人を乗せた車は、ある寂れた2、3階立てぐらいの小さな廃ビルの辺りに到着しました。 美空はここで止めるよう竜牙に指示します。 「あ…ここで降ろしてくだささい。」 「はい。…あ、突然開けないでください。私がそちら側まで行きますので。」 「え。そこまでする必要あるんですか?」 「えぇ、まぁ。万が一、ということもありますし。それに…サービスですよ。」 「はぁ。」  竜牙はブレーキを踏んで車を止め、エンジンを切ると、車を出て美空側のドアを開けようとそちら側まで回ってきました。 しかし、そこで予期せぬ自体が彼らを待ち構えていたのです。それは竜牙が美空のドアを開けようとしたときでした。 「はい、どう………!!」 「え…っ!!」  突然竜牙の背中に、何か固いものが当たりました。何者かが銃を持って彼の後ろに立ったのです。 竜牙はおそるおそる後ろを振り向きます。銃をつきつけた誰かが竜牙に注意を促します。 「…動くな。さもなくば、撃つ。」 「…………。」  竜牙に銃を突きつけたのは、竜牙よりも一回り背の高い、はげ頭の男でした。ひげは剃られていて全くなく、 趣味の悪そうなサングラス、迷彩柄の服と、高そうな茶色い皮のブーツを履いていました。 竜牙につきつけた銃は、ホルスターにすっぽりと入りそうな小さな銃でした。竜牙は銃を突きつけられたまま、彼に言います。 「…………何者ですか。」 「…米軍の者だ。旅行者か?ここは旅行者は立ち入り禁止となっている。 死体となってこの寂れた市街地に転がりたくなかったら、荷物をまとめてとっととお帰り願おう。」  男は冷たい口調で竜牙に帰るよう促します。しかし竜牙はこう切り替えします。 「ご忠告ありがとうございます。ですが私は大丈夫です。それに、仕事で来ておりますので、帰るわけにはいきません。」  竜牙は銃を突きつけられているというのに冷静に言います。男の額に青筋が立ちました。 男はさっきよりも少しいらだった声でこういいます。 「そうか。…しかし、帰ってもらわなければ困るのだ。どうにかならないか?」 「無理ですね。それに、あなたがたに興味が湧きました。あなた方はここで何をなさるのですか?この戦争まっただなかの危険な区域で。」 「………気に入らない態度だ。君は今、自分が置かれている状況が理解できていないようだ。」  男は指をぱちんと鳴らしました。すると、物陰から6人の屈強そうな男達が銃を持って現れました。 皆、迷彩色の服を着て、緑色の帽子をかぶっています。しかし、それでも竜牙は一行に怖がったり怯えたりする様子を見せません。 「…こんなにいたのですか。」 「そうだ。あまり手荒な真似はしたくない。何も言わず帰っていただけるかな?」  竜牙は彼の顔を見て少し考えたあと、 「…分かりました。しかし、もう一度聞かせてください。あなた方は、ここで何をなさるのですか?」 「…そ、それは。そう!ここの住民の捜索だ!この区域で生きている人間をさがし」  男は少し言葉を詰まらせ、焦ってそう口走りました。しかし竜牙はこのときを待っていたかのように、彼の言葉をさえぎってこう言います。 「…それはおかしいですね。ここは最も激しい戦闘が行われた区域。人が生きている可能性が一番低そうな区域です。 もし人命救助に向かうのでしたら、ここよりもまず、戦場になっていた市街地の方を先に探すべきでは?」  男ははっとなり、焦って言い返します。 「た、確かにそうではあるが……。こ、ここにもまだ避難民が残っている可能性が」  竜牙は少し大きな声で焦る男に言い返します。 「あぁ、すみません。言い忘れていましたが、この区域の住民……、 戦闘が行われる何日か前に、全員避難が完了しているとの情報があったんですよ。先に言わなくて申し訳ございません。」  竜牙は軽く会釈しました。男の顔から血の気が引いたのが見えます。 「しかしですねぇ…そうなるとあなた方…何故こんなところにいらっしゃるのか、つじつまが合わないじゃないですか。 それに、さっきから気になっていたのですが、私に突きつけていらっしゃるこの銃。 …大分改造なさっていらっしゃるようですが、これは…スコルピオンSS-Xではないですか。私、銃には詳しくて。 いいですよねぇ、これは。小さいながらも弾丸を自動生成して、絶対に弾切れを起こさない。護身用、警護用にピッタリの銃です。 しかし、ご存知ですか?この銃…、22世紀で、しかもごく最近開発された新型なのですよ?」 「……………ッ!!」  男は動揺したのか、顔の表情は見る見るうちにこわばり、ぶるぶると唇を振るわせ始めました。 そしてその後、にやっと笑うとこういいます。 「…ふっ、バレてしまったか。ならば仕方ない。俺の名は……。」 「ロバート・エーコン、革命運動家。手配書ビンゴブックにも書かれています。B級犯罪者、ですね。 ヒゲをそって、髪型をスキンヘッドにしたようですが…、それだけではバレバレではないですか。」 「…っ!?」  男は、自分の名前を言い当てられて驚きます。しかし、すぐに立ち直ると、 「くっ…だ、黙れ!…者共!こいつらを殺せ!」  エーコンは右手を上げて部下達に指示を飛ばします。竜牙は落ち着き払って、車の中にいる美空に、 「お客様。しばしの間、その中でお待ちになっていてください。すぐに終わりますゆえ。」 「ふん、他人の心配とはずいぶんと余裕な…ぎ、ぎっ!!」  竜牙はエーコンが話し終わらないうちに、後ろ蹴りを放ってエーコンの股間を思いっきり蹴り上げました。 エーコンは苦痛でのた打ち回り、その場に倒れてしまいました。 「ぎ、ぎぃええええええええええええ」 「…!!ぼ、ボスが!…なんてザマだ!」 「あの野郎、なんて事しやがる!撃ち殺して…えっ!?」  部下の一人が銃口を竜牙に向けた刹那、竜牙は驚くべき速さで、エーコンがいた場所から5mほど遠くにいたその男の目の前まで近づきました。 男は驚いて引き金を引けません。竜牙はその隙に彼の顔を思いっきり殴りつけました。男の頭蓋骨からメキメキと嫌な音がして、 男は頭から血を流しながらその場に倒れこんでしまいました。 「!?こ、殺せぇえええ!」  他の部下も何が起こったのかまったく理解が出来ません。しかし、後ろを向いて隙が出来たと思った彼らは、 後ろを向いている竜牙に銃口を向け、引き金を引こうとします。 竜牙はそれに気づいて振り向きます。彼の手には、先の男から奪い取った自動小銃が握られていました。 「…なっ!?うぅ、うわあああああ」  エーコンの部下達はそれに気づき引き金を引こうとしましたが、時既に遅し。 竜牙は無慈悲に自動小銃を乱射し、残りの部下を全て撃ち殺してしまいました。 部下達は悲痛な叫び声を上げながら、顔、口、腹部などから血を噴出してその場に倒れこみます。  全員を撃ち殺したあと、竜牙は顔から流れる汗を手で拭うと、美空がいる軍用車の中へと視線を向けます。すると…。 「さて。…お客様………なっ!!」 「ふふ…ふはははは!動くな!動くなよ!動くな。と言っている!その銃を捨て、両手を上げろ!」 「あ…あぁッ!!」  彼の視線の先にいたのは、美空のこめかみに先ほどの銃を向けたエーコンでした。 竜牙はエーコンを鋭い目つきで睨みつけ、淡々とした口調で言います。 「…エーコンッ、お客様を離しなさい。」 「それは出来ない相談だ。…まさかここまでの男とは………。このまま逃げさせてもらう。」  エーコンは美空のこめかみに銃口をぐりぐりと押し付けます。美空は痛みで苦しがっています。 竜牙は少し考えると、持っていた自動小銃を捨てて、彼に質問をします。 「……両手を上げれば………いいんですね?」 「そぉーうだ!さぁ、早く両手を上げろ!人質がどうなってもいいのか!?」 「分かりました。これで…よろしいですか?」  竜牙は要求に応じ、両手をすっと上げました。 「そうだ、いいぞ、それでいい……ん…だ…。え…?な、何が…お、お、おこっ…。」  これはどうしたことでしょう。竜牙が両手を上げた瞬間、エーコンは苦しがって、その場に倒れてしまいました。 よく見ると、彼の胸部には二本の刃渡り15cmほどのナイフが突き刺さっており、血がどくどくと流れ出しています。 竜牙はエーコンの元へとゆっくり歩を進め、肺を刺され息も絶え絶えになったエーコンの顔を見下ろします。 エーコンは絶え絶えで、今にも消え入りそうな声で彼に言います。 「はぁ…はぁ……。そんな…、助けて……くれ…。たすけて…たのむ……。」  エーコンは必死に竜牙に助けを求めます。しかし竜牙はそれを聞いたうえで、 「言い残すことはそれで終わりですか?」 「え……!そ、そんな……たす…け…て。」 「それはできません。あなたは既に冒してはならない領域に踏み込んでいるのです。せめて来世では、お幸せに。…さようなら。」 「あ、が…そ、ん、な…ぐ、お、ぉ、お、お、お、お…ぐ…ぐれーてる!」  そういった瞬間、竜牙はエーコンの肺に刺さっていたナイフを引き抜き、彼の眉間にぐっと刺し込みました。 エーコンは口をパクパクとさせて前後のつながらない単語を口走ったあと、額と肺から血を噴出して…絶命しました。 彼が死んだことで美空は解放され、彼女はその場に座り込んでしまいます。 二本のナイフをエーコンの遺体から抜き取って血を拭くと、竜牙は美空の下へと駆け寄ります。 「申し訳ございません。こうなることは計算外でした。…お体のほうは大丈夫ですか?」  美空はぱんぱんとほこりを払いながら、竜牙の手を借りてよろよろと立ち上がりました。 「え、えぇ…。私は平気。でも今…何をしたんですか?」 「あれですか?実は私、肩にナイフを携帯しておりまして。私の生態電流…脳神経に呼応して、袖の下から飛び出すようになっているんです。 あ、携帯してるといいましても、普段は害のないように縮小されて収納しておりますが。」 「そう…ですか。」 「…嫌な場面に出くわしてしまいましたね。時間旅行ではこのようなことが多々あるのです。 しかも、このような酷い場面をお見せしてしまいました。申し訳ございません。お詫びと言っては何ですが、こちらをどうぞ。」  竜牙は軍用車の中に置いていた工具の中から、かわいいひよこの人形がついた5cmぐらいの棒を取り出しました。 「…これは?」 「記憶置換装置です。今の血なまぐさい記憶を消し、その部分を空白として残しておいたり、別の記憶を挿げ替えることができます。 もっとも、犯罪に利用されるので、私達時間旅行総合警備保障の社員で、かつこのような不測の事態でないと使えませんが。 それでは、このひよこに目線を合わせてください。」  竜牙は美空の顔の前にひよこの人形を近づけます。しかし、美空は、 「いえ。私は…結構です。」 「…どうしてですか?このようなことなど、覚えておいても仕方のないことでは?」 「えぇ。ですが、それも合わせて私の記憶。私の人生ですから。」 「…そうですか。ならば強制はいたしません。」  竜牙は記憶置換装置を工具の箱の中にしまうと、もう一度エーコンの遺体の方へと体を向けます。 美空はそんな彼の後姿を見ます。彼女はそこで竜牙の体、特に手がぶるぶると震えているのに気がつきました。 「あの…どうなされたのですか?震えているようですが。」 「…あ、い、いえ。…大丈夫です。」  竜牙はびくっとしたあと、彼女の方に振り向いて答えました。震えの方は消えているようです。 「しかし、なぜ彼らはこのような場所に。特に彼らが狙うべき理由などないように思えますが…。」 「……………。」  美空は緑色のペンを持ったまま、背を向けた彼に無言で近づきます。竜牙はそんなことには気づかず、美空に質問をします。 「お客様。何故このような事態になったか…理由はご存知でしょうか?………なっ!?」  ばちばちばち。…青紫の火花が竜牙の背で綺麗に光りました。その光は美空が持っていた緑色のペンの先から発せられたものでした。 「お…きゃ…く…さま…、な、ん、で。」  竜牙は意識を失ってその場に倒れこんでしまいました。美空は彼が気絶した事を確認すると、 「ごめんなさい…ごめんなさい…。」  気絶した竜牙にそれだけ言い、竜牙が殺したエーコンの部下の手に握られている銃を奪い取ると、美空は廃ビルの中へと入ってゆきました。  …こつこつこつ。美空は薄暗い廃ビルの階段を早足で昇ってゆきます。美空は服の内ポケットから何かのメモのようなものを取り出すと、 さっき竜牙に使った緑色のペンのグリップを右に回しました。ペンからは火花ではなく淡い黄色の光が発せられました。 彼女はその光を頼りに、持っていたメモを読みます。 「このビルの三階…一番奥の部屋。…だいじょうぶ。まだ、間に合う…。」  美空はそうつぶやくと、暗がりの道の中を進んでゆきました。 3分ほど歩いたでしょうか。彼女はその三階の一番奥の部屋の前に辿り着きました。ドアは閉められていましたが、 かすかに明かりがもれているのと、何か話し声がするのが、少し離れていてもはっきりと分かります。 美空は、ドアの前に立って聞き耳を立てました。ドアの奥からは、何人かの男の声がします。 声の感じから察するに、3、40代ぐらいの男性でしょうか。 「なぁ、ここにいて、本当にいいのか?…痛ッ。」 「あぁ。本隊からの命令で、この廃ビルで待っているようにと連絡があった。じきに本隊から迎えが来る。」 「そう、だな。…ぐっ…。」 「しっかりしろ。迎えが来れば、その腕の傷もきっと治してもらえる。」 「………(行かなくちゃ。)ふーっ…。」  美空は深く深呼吸をした後、ドアを蹴り破って中に入り、相手が驚いている隙に、持っていた自動小銃を構え、中にいた男達に言います。 「……動かないで!」 「!!!き、きさまは、誰だ!」  中にいた二人の男の内の一人が、腰に下げていた銃を構えて美空に向けます。 「動かないでって言ったでしょう!…別にあなた達を殺したりはしないわ。銃を置いて、私の話を聞いて!」 「……!?な、何を言っている…!!お前こそその銃を降ろせ!」  男は突然入ってきた美空に戸惑い、警戒して銃を降ろそうとはしません。それをみた美空は仕方なく続けます。 「…分かりました。事情を説明します。ここにあなた方の本隊は到着しません!イラク軍側の罠です! この廃ビルは、あと10分ほどでイラク軍に爆破されるんです!」 「な…何だと!…そんな馬鹿な!」 「嘘ではありません!早く逃げてください!このままではあなたたちは……。」  美空は必死に彼らに訴えかけます。そんな彼女の気持ちが伝わったのか、男は銃を降ろし、美空に問います。 「分かった、君の言う事を信じよう。見ての通り私の連れは負傷している。早くここから出て手当てをしてもらいたい。 しかし…なぜ君はそんな事を知っている?どうみても我が軍の者ではなさそうだが。」 「それは…私が…、あなたの……あっ!!」  美空は驚いて叫び声を上げました。突然誰かが、部屋の奥の窓を破って入ってきたからです。 入ってきた誰かは、負傷した男と、銃を持って美空と話していた男の背筋を目にも止まらぬ速さで叩き、気絶させました。 それが済んだあと、その誰かは美空の方へと向かってきます。入ってきた時点では薄暗くて誰だか分かりませんでしたが、 近寄って来たことで、美空にも誰だか判別できたようです。 「あ、あ、あ…あなた…は!」 「まったく…、なんてことをなさるのですかお客様。なるほど、彼らがこの場所にやってきていたのは、こういう理由があってこと、ですか。」  それは、さっき美空によって気絶させられていたはずの竜牙でした。 「そ、そんな!確かに私は気絶させた!なのに、なんで!」 「…私を甘く見ないでほしいものですね。残念ながらあの程度で私を引っ掛ける事は不可能です。 それはさておき、なぜこのような事をなさるのですか?お客様。」  竜牙は怒っているわけではなかったようですが、非常に冷淡な声で美空に問いました。美空は必死な声で理由を伝えます。 「だって……彼らは、あと数分で爆弾によって」 「そうですね。しかしそれは、『決定された事項』です。既に決定された未来なのです。覆す事はまかり通りません。」  竜牙は美空の言い分をさえぎってそう言い放ちました。美空は、怒って彼に反論します。 「…あなたはかわいそうだとは思わないのですか!?逃げさえすれば救われる人がいるのに、見捨てるなんて! この人たちの死は無駄死に以外の何者でもないんですよ!それに、この銃を構えている人は…この人は、私の曽祖父なんです。 私は曽祖父の無残な死に様を祖母や母からずっと聞かされてきました。…この場所で無残な死に方をしたせいで、 私の一族は皆、ずっとずっと、世間から白い目で見続けられてきたんです! わたし……もう嫌なんです、お母さんが、お父さんが、いわれもない悪口で、色んな人たちに頭を下げる姿を見るのなんて! いいじゃ…いいじゃないですか!私達一族を見る世間の目がちょっと変わるぐらいの出来事ですよ!?それぐらい、それぐらい…ッ!」  そう話す美空の目からは、いつしか涙が出ており、声の中に鼻水をすする音が入り混じっています。 竜牙は彼女の反論を聞いた後、表情も口調も変えずに言い返します。 「…言いたいことはそれで終わりですか?確かに、過去の人間が犯した不名誉を消し去りたいと思う気持ちは分かります。 しかし、前にも言った通り、これは過去。ここでの出来事は既に決定された事柄なのです。覆せば必ずどこかで歴史が歪む。」 「歴史が歪むって……!曽祖父が生き残っていたことぐらい」 「…大小の話など、このさいどうでもよいのです。歴史を変えるという行動自体が問題なのです。 もし彼がここで死なずに生き残った場合、どうなるか考えたことはありますか? 彼はまた、軍隊の言いなりになって、たくさんの罪なき人々の命を、手に持った銃で奪ってゆくかもしれない。 お客様、まだ間に合います。おやめになってください。しかし、それを承知でやるというのなら…、 あなたも先のテロリストと同じ道を辿る事になります。」  美空は最後の一言で、先ほどのエーコンの無残な死に様を思い出し、びくっとしました。部屋の中は重苦しい沈黙で覆い尽くされます。 そして彼女は……、持っていた自動小銃を竜牙に向けて、 「ひとが。ひとが…死にそうな人を救うことのどこが悪いのですか!」  ばばばばばばばっ、どさっ。…部屋の中に小銃の無機質な音が響き渡りました。 銃の音がやみ、誰かが倒れた音がしてから少しした後、誰かがドアを開けて中から出てきます。中から出てきたのは…。 「………残念です。本当に…、残念です。」 「なんで…なんで…な…ん…で…!」  部屋の中から出てきたのは竜牙でした。竜牙もまた、先のテロリスト達から銃を奪っており、 美空が銃を構え、今まさに撃とうとした瞬間、先に彼女の脳天を打ち抜いたのです。 美空はうわごとのように『なんで』と言い続けた後、虚ろな表情のまま、息を引き取りました。 「…美空さん。帰りましょう、我々の時代に。そして、申し訳ございません。」  竜牙は震える手で、美空の体を抱き上げると、廃ビルの階段から外へ出て行ってしまいました。 竜牙は美空の遺体を軍用車の中に運び入れると、エンジンをかけて、元来た道へと戻ってゆきました。 ……後ろのほうで大きな爆発音と、建物が崩れ去る轟音が聞こえました。バックミラーには崩れ去り、瓦礫の山となってゆく廃ビルが見えました。 竜牙はそれを無言で見つめると、カーステレオに取り付けたポータブルプレイヤーの電源を入れ、曲を流し始めました。
 ぴーっ、ぴこぴこぴこ、ぴーっ。ドアの外からアラーム音が聞こえました。 「おや、帰ってきたようですね。それでは…。」  受付の男性がなにかの機械を操作すると、ドアのような機械から虹色のぐにゃぐにゃとした光が現れました。 その光の中から、竜牙がすっと出てきました。美空の遺体を抱きかかえて。 「御帰りなさいませ、お客様…あ、あれ?」 「どうなさったんですか竜牙さん。お客様は……!」  受付の二人は、竜牙が抱きかかえている美空を見て、彼に問いました。竜牙は淡々と言います。 「彼女は……『時間保護法第43条』に触れました。よって、適切な処置をしたまでです。 彼女の親族にご連絡を入れておいてください。それと、親族の皆様にはくれぐれも粗相のないよう。」 「は、は…っ!」 「……竜牙君ッ!!」  そう話したところででしょうか。遠くの方から女性の声がしました。冒頭の渚です。 「あ、片桐 渚チーフ・・・!」 「渚…先輩ですか。」  竜牙は媚びる様子も悔やむ様子もなく、冷静な顔で彼女に答えます。渚は少し怒って言います。 「また…なの?」 「申し訳ありません。油断していました。」 「……はぁ…。まったく、ここ最近はないと思って高をくくっていたけど…。竜牙君! 結果としてお客様は犯罪者だった。しかし、あなたにはそれを止めることも十分できたはず!あなたのそれは恥ずべき行為だわ!」 「……申し訳ございません。」 「あなたを当分の間謹慎処分にします!その分の給料は一切支払いません!そして、お客様のご遺族に何かしらの形で謝罪を入れること! …分かったわね?反論は受け付けないわよ!」  渚は、竜牙に横暴としか思えない罰を突きつけました。しかし竜牙はそれをすんなりと受け入れました。 「…了解しました。すみません…、渚先輩。」 「……分かればいいわ。勤務終了時間になったら帰りなさい。」 「はい。」 「…あ、竜牙さん!」  竜牙はそれだけ言うと、発着ロビーを出てゆきました。心配になった受付の一人が彼を呼び止めようとしますが、 「やめなさい。今の彼に情けをかけても、何の意味もないわ。」 「いえ、そういうわけでは…。あ、あの。竜牙さんを擁護するわけじゃ決してありませんが、 なぜ竜牙さんは謹慎になるのですか?彼は何も悪い事はしていないではありませんか…。むしろ、今回の出来事で昇給になるやも……。」  渚は、ふぅとため息をつくと、受付の男達に言います。 「…何も分かっていないわね。あなた達。だからこそ、よ。…あんなことして昇給なんかさせたら、大変な事になるわ。なにせあいつは…。」 「あいつは…、何です?」 「いえ、なんでもないわ。…さ、あなた達も持ち場に戻りなさい。お客様がお待ちかねよ。」 「…は、はい。」 ---気持ちの良い気候だ。穏やかな風が私の顔を、体を、足をなでて、あてもなくどこかへと去ってゆく。 しかし、辛く苦しい気持ちが私の心にのしかかる。それはここの穏やかで過ごしやすい環境でも癒す事はできはしない。 ……これでもう、何人目になるだろうか。私は犠牲者を出すたび、この場所に小さな墓標を作る。愚かな自分への戒めの為だ。 私の手が震える。止まらない。私自身に無性に腹が立つ。何故、何故…何故だ……。 エーコンのときも、美空さんのときも、私は…、私は…楽しんでいた。 彼らが苦痛に歪んで、己の信念を持って死んでゆく姿を見て楽しんでいた!命乞いをする表情を見て、それを断ることで快楽を感じた! …私は何を考えている!人が何人も死んだのだ!しかも、私自身の手で!なのにそれを見て楽しんでいる! 分からない、自分が分からない!…誰か、誰か…私は……何なんだ!!  その日、たくさん並んだ墓標の中に新たな名前が加えられました。 穏やかで暖かい風は、草木を揺らし、墓標の間に出来た隙間を通って、そのまま流れてゆきました。
オリジナルの小説です。今まで書いてきたものと比べると大分重苦しいものになりました。 色々とテーマがありそうな気がしますが、「時間跳躍ものってなんかSFで面白そうじゃね?」とか、「自分自身に苦悩する人間を書きたかった」とか、 そういうまともな理由などさらさらなく、単に「期末テスト中、トイレの中で『あ、これ面白そうじゃね?』と思い制作を始めました。 ネタが頭の中に浮かんで、それがキチンと一つの作品となった稀有な例です。  まぁ、時間跳躍ものといっても、結局時間跳躍とはあまり関連性のない文章になっていますが(苦笑)。 主人公竜牙の性格については、『法律に基づいて人を殺すことを思い悩むキャラ』にするか、さんざん悩み倒したあげく、 でもそれじゃあ普通かなぁと思い、最終的に『人殺しに快楽を感じる自身の性癖に苦悩する男』になりました。 胡散臭いキャラ付けですか割と気に入っています。  続きについては、今のところどうなるかは分かりません。また思いついたときにぱーっとやるかと思います。 今回は現代の話だったので、もっと過去の世界でSFっぽく書きたいものです。
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