木こりの泉

※この物語は(鎌倉の地形、地域等的な意味で)限りなくフィクションです。
作中の山がどこにあるか、どうやって移動していたのか、ということは深く考えずにお楽しみ下さい。

「チャンスだ!ほら、死ぬ気で突っ込め!」
「えッ!?あ、あ、お、おと…とッ!うわぁ!」

「あぁもう、馬鹿!何やってるんだよー!」
「へへーん、アウト、アウトー!攻守交代だぜ〜!」

 ここは夕暮れ時の、森に近い原っぱ。もうじき季節は冬を迎えようとしていて、
吹く風も一段と寒さを増しているというのに、子供たちは元気に野球をして遊んでいるようです。
「ったく、何やってんだよー、また一点取られちまったじゃねーか!」
「それはぼくが悪かった、あやまるよ。でも、見てよ、この頭のこぶ!スライディングで前のめりにこけてついたんだよ!
がんばったんだから、少しはぼくの心配もしてよ!」
「お前…。そーゆーのはな、ちゃんと点をとれたやつのセリフだっつーの!心配されたきゃ、ちゃんと点取れって話。分かるか?」
「うぅ、ひどいよ。」


「……っと、もうこんな時間か。そろそろ帰ろうぜー!!」
「おーう。」

 子ども達は、日が落ちてきたのを見て、原っぱから出る事を決めました。

*
 ここはとあるマンションの一室。先ほど野球をしていて、皆に呆れられていた少年、カロンがくたくたになって、帰ってきたときのことです。 「ただいまー。…へぇ、今日はすき焼き?」  彼は家のドアを開けてすぐ、家の中で肉の良いにおいがしているのに気がつきました。 どうやら、彼の姉のミラが、すき焼きを作っていたようです。 「あ、おかえり。ご飯出来てるよ…って、どうしたの?そんなに泥んこになっちゃって。」 「あ、あぁ…。野球で前のめりに滑ったらこうなっちゃって。それよりも聞いてよお姉ちゃん! ぼくは点を取ろうと頑張って、前のめりでこけて、頭までぶつけてまで頑張ったのに、みんな、点が取れなきゃ意味ないってさぁ〜。」  カロンは、先の野球のミスについての不平不満を姉にぶつけます。ミラは優しく、やわらかな口調で、 「まぁまぁ、それは大変だったのね。そういう失敗は、お風呂に入って、汗や垢と一緒に水に流して、次、また頑張ればいいじゃない。ね?」 「…うまい事言ったつもり?ま、いっか。そうする。」  弟の不満を聞き、やさしくなぐさめるそのやりとりは、姉というより、母と子の会話のよう。 カロンはそのまま風呂に入りましたが、彼女は、そのまま、ぐつぐつと煮立った鍋をじぃっと見つめていました。 「っぷは〜!いいお湯だったー。さぁーて、と……………ん?」 「?どうかした、カロン?」  カロンはお風呂を出ると、体をよく拭いたあと、手早くパジャマに着替えて、すき焼きの鍋が置かれたテーブルの前に腰を下ろします。 が、彼はそれと同時に、目の前にあるそれに『大いなる違和感』があることに気が付きました。 「あ、あの〜?お姉さま?なんて言うか、その…、お鍋の中の食べ物が、妙に少ない気がするんですが…。」 「え!?そ、そそ、そんなことあるわけな、なな、ないじゃない!」  ミラは、カロンの質問に、明らかに焦りを見せながら答えます。カロンは、少し怪訝そうな顔で考えたあと、 「そう…?じゃあ、お姉ちゃんの口についてるポン酢の跡は何だ!」 「うそッ、さっききちんと拭いたはずなのに…あ!?」  ミラはとっさのことについ口をぬぐう動作をしましたが、後の祭り。どうやら、鍋の中のものが足りない理由は、彼女のつまみ食いのようです。 「た、食べたなぁ〜!」 「ご、ごめんね!あなたが出てくるのが遅かったから、お腹がすいちゃって、ちょっぴり…。」 「いや、食べたことそのものはどうでもいいよ。でも!お姉ちゃんのひとくちは、 普通の人の50口分だってことがそもそも問題なんだって言ってるの!いい加減、 自分がちょっと食べるのが、人からしたらたくさん食べてることをわかってよ!」 「し、失礼なこと言わないで!わたしは多くても20口分ぐらいです!」 「だから、問題はそこじゃないってのに!」  少々不安は残るものの、こうして、夜は静かに更けてゆくのでした。 …いや、正しくは、『更けてゆく』はず、でした。 その発端は、その後カロンが明日の学校の支度をしようと、カバンの中身を整理しているときに起こりました。 「ない、ない、なーい!読書感想文用に借りた本がないッ!」  カロンは、カバンの中に入れておいた、読書感想文用の本をなくしてしまったようでした。 彼はカバンの中を必死に探りますが、反応はまったくありません。 (落ち着け、落ち着くんだ…学校から帰ってくるときはまだあった。自分でランドセルにつめたわけだし。となれば。) 「カローン、どうしたの?そんなにあわてて。」 「…ごめん、お姉ちゃん!ちょっと出かけてくる!」 「え?どこに?」 「すぐ戻ってくるから、ドアにチェーンかけないでねー!」 「ちょっと待ってよー!もう8時よー!寒いよー……って、行っちゃった、か。」  カロンは借りた本を探しに、先程の山の方へと向かいました。しかし、季節は冬場で夜。 寒い上に、懐中電灯の光を用いても、辺りはよく見えません。 彼は淡い懐中電灯の光で地面を照らしながら、半ば手探りで借りた本を探します。 「うぅう〜。さ、寒い。…まったく、こんなことになるんだったら、野球なんてするんじゃなかったよ………。」  カロンは寒さに震え、懐中電灯を右往左往させながら辺りを見回しますが、それらしきものはまったくなし。 「あぁ、もう…帰ろう。…明日の朝、探しに行けばいいよね。うん、そうしよう!……………ん?」  彼は半ばあきらめかけていましたが、そこで、ある不思議な光景を目の当たりにしたのです。 突然、空にきらっと光る何かが見えたかと思うと、どかっ、という鈍い音を発して、何かがこの場所の近くに落ちたのです。 「なんだ?今の……。隕石の欠片か何か、かな?……でも、それならもっと大きな音がするはずだし………。」  隕石にしては不自然なその物を不思議に思ったカロンは、近かったということもあって、見にいく事にしました。 「ふしぎだ。何かが空から落ちてきたってのに、ほとんど被害も何もないみたい。どうなってるんだろ? ……って、これは!ああっ!!やった、やったよぼく!見つけた!!」  どうやら、落ちたものを見にいくついでに、カロンは探していた本を見つけ出すことが出来たようです。 彼は寒い中ようやく目当てのものを見つけ出せて、喜びますが、それと同時に、足元に何か、奇妙な感覚があるのに気が付きました。 「…なんだろう、この水溜まり。昨日は雨なんて降ってなかったはずだけど。…ぬかるみかな? でも、それにしては水がきれいだし。…??」  ここ数日雨も降らず、地面のぬかるみもない場所で、 青く澄み、普通よりも一回りほど大きな水溜まりができていることを不思議に思ったカロンは、 その水溜まりを真上から覗いてみることにしました。しかし、その瞬間、 「どれどれ………!?」  突然、水溜まりが真上に向かって盛り上り、カロンの首に巻き付いて来ました。 見て避けられないほど速いスピードではなかったのですが、とっさのことに反応が遅れ、 彼の首は得体の知れない水で絞められてしまいます。 「ぐ、くく…ッ!(や、ヤバい!ヤバいよこれ!い、息が…できないッ!)」  カロンは必死に首を絞める水を振り払おうとしますが、相手は液体。 さわることは出来ても、つかむことはできず、もがくだけ。何の抵抗にもなりませんでした。 「ぐ、はっ……!!(くそっ、くそっ、くそっ!!…ダメだ…ッ!!)」  何もすることができず、あと少しで気を失ってしまいそうになったその時、 ぽつ、ぽつ、ぽつと、小雨が降り始め、彼の体を冷たく濡らします。 すると、どうでしょう。突然、首を絞めていた水が、その勢いを少し弱めたのです。 カロンは少し緩んだその瞬間に、力一杯まとわりつく水を掻き分け、引き剥がしました。 引き剥がした反動で、カロンは地面にしりもちをついて倒れます。 「はぁ、はぁ、はぁ…。な、なんだ、なんなんだよ…この水ッ!!…う、う、うわわわわぁッ!」  カロンは呼吸を整え、体勢を立て直すと、急いでこの場所を離れました。…手に持っていた、一冊の本を残して。 ―カロンが立ち去って10分ほど経った後でしょうか。さほど強くなかった雨はさっとやみ、再び丸い月が空に顔を出します。 雨がやみ、一滴の雨粒も落ちなくなると、再び水溜まりが横に伸び、彼が忘れていった本をつかみとり、その中に取り込みました。 「……………。。。。 ……………???」  夜の闇の中、穏やかに淡く森の木々を照らす月明かり。その明かりに照らされ、本のタイトルが一瞬見えました。 …タイトルは、『木こりの泉』という童話。 月は瞬く間にその姿を雲の中に隠し、再び訪れた宵闇は謎の液体をどこまでも深い闇の中に覆い隠してゆきました。

小説・木こりの泉 (余計な解釈付き現代版・侵略編)


「…………は…ッ!?あ、あれ…ここは?」 「おはよう。やっと起きたの?カロン。」 「…お、お姉ちゃん?……。」  得体の知れない液体に襲われ、逃げていたかと思ったら、 気がついたら自分の家で寝ていて、自分の目の前には姉のミラがいます。 カロンはめまぐるしい場面の転換に困惑します。が、同時にこう想像しました。 (………待てよ、今のは、夢?…そうだ、夢だったんだ。 そ、そうだよね。夢だよ、夢。そもそもありえないもんなぁ、突然現れた水に襲われて首を掴まれるなんてさ。) 「どうしたの、カロン。…大丈夫?」 「え…あ、いや、何でもないよお姉ちゃん。おはよう。(そ、そうだ。夢だ、夢。)」  カロンは、先に起きた得体の知れない出来事を、とりあえず夢だと思って、心の中で飲み込むことにしました。 「そう、よかった…。昨日夜遅くに”あんな風に”帰ってきたから、心配しちゃったよ。」 「うん、なんでもないから…………!?、な、何!?何て言った?”あんな風”…?」 「えぇ。だってカロン、あなた…、私が寝ようと思ったときに、ドアを勢いよく開けて帰ってきて、 わけの分からないことをしゃべりながら、玄関先で気絶しちゃったじゃない。 だから私、あなたをパジャマに着替えさせて、そのままベッドに運び込んだんだから。…覚えて、ないの?」 「…………………。」  その言葉を聞いた瞬間、カロンの血の気がさっと引きました。 どうやら彼は、困惑したまま山を降り、そのままの状態で家に帰り着き、気を失って姉に介抱されていたのでした。 (あ、あれは…夢じゃ、なかったのか!? …いやいやいや、そんなはずはない。夢だよ、夢! だってそうじゃない、ただぼくが混乱してたからって、それはあの出来事を証明する証拠にはならないしさ。うん、そうだって。)  しかし彼は、あの出来事が起きたという事実を認める気はないらしく、 証拠不十分という理由をつけて、出来事を闇に葬ろうとしました。ですが、 「…ねぇ、カロン。私が読書感想文に使おうと思って、図書館から借りた本、どこにやったか覚えてない? 確か、昨日あなたが『学校の10分間読書の時間に読むから貸して』って、言って又貸ししたはずだけど…。」 「え?ほ、ほん…!?あぁ、あれなら、ぼくのランドセルの中だと思うよ。 学校帰りにそのまま、友達と一緒に山の方で遊んで、そのままだったから。」 「そう?そうは言うけど…、あなたのランドセル、教科書とノートしかないよ?そもそも、開いてるし。」 「えぇっ!?そんなはずないよ!あれからぼく、ランドセル開けてないし…………!! (…いや、いや!そ、そんなわけ…ないよ。本なら…学校の机にあるはずだし!そう、そうだよ! 学校に置き忘れていったんだ!たぶん…はは、はは…。)」 「でも、カロン……、あなたのランドセルの中に『貸し出しカード』が入ってるんだけど…。 ほら、『木こりの泉』って書いてあるし、貸出人の欄の一番最後に、私の名前が入ってる。」 「…………!?」 「貸し出しカードって普通、本の一番最後のページに貼り付けてあるものよね? それがなんで、カードだけランドセルの中に入ってるの?」 「え、あ、いや……、その……、う、うわああああああああああ!!」 「…?ど、どうしたの、カロン!」  ここまで的確な証拠が残ってしまった以上、カロンは、昨夜の出来事は真実だと信じる他にありませんでした。 (き、昨日の夜の事は…本当だったんだ!ど、どどど…どうしよう!! ……ん?待てよ。襲われたのは確かに怖いけど、別にぼくが困ることじゃないよね。あの水溜まりに近づかなきゃいいだけだし。 …うん、そうだ、そうだよねー。) 「…お姉ちゃん!」 「…!?ど、どうしたの?」 「ありがとう。ぼく、分かったよ。嫌なことはさっさと忘れて気にしなければ、何も怖いことはないんだね!うん。」 「……………?」  カロンは、何だかわからない自信を持って立ち直り、握りこぶしを掲げ、ミラの目の前に向けました。 彼女はまったくわけが分からずきょとんとしますが、 「……そ、そうなんだ。ちょっと成長したね。それはそうと、ご飯の支度するから、いつまでも寝てないで手伝ってよ。」 「…うん!」  カロンは笑顔でベッドから飛び起き、ミラと一緒に台所に向かいました。 ──この時点で気づいていれば、…自分ひとりの力で解決は出来なかったにしろ、何かしらの対策を立てられかもしれたものを──
*
 次の日。カロンはあの出来事を心の中にしまい込み、忘れようと思いながらその日を過ごしていました。 首を絞められた跡も消え、このまま何もなければ、完全に忘れてしまうだろうと思っていたのですが、 その出来事は、思わぬきっかけで、彼の頭の片隅から引きずり出されることになるのでした。  それは、ある日の休み時間のこと。彼の友達がいつもよりにやにやして話しかけてきた時のことでした。 「よー、南。」 「あ、キザキ君。どうしたの?いつもよりもごきげんじゃん。」 「…お、分かる?俺、そういう顔してる?」 「してるしてる。」 「そう?そうかー?…まぁ、見ろよ、これ。」  彼は、自分の机からランドセルを持って来て、中に入っていたフィギュアをカロンに見せました。 カロンは一目見て、そのフィギュアの価値に気づき、身を乗り出し、上ずった声で、 「これ?……ん?…・あ、あーッ!こ、これって、これって…まさか!」 「そう!『よろしく仮面』のハイパーフォームフィギュア!しかも、来月先行発売される予定の、な!」 「い、いいなぁー…………。…?あれ、なんで、『来月』発売のフィギュアを、今月キザキ君が持ってるの?」 「あ…そのこと、か。………よし、ちょっとこっちに来い。」 「何さ。…分かったよ。」  彼は、カロンを教室の隅まで連れてゆき、誰も彼らに注意を払っていないことを確認すると、カロンに耳打ちをします。 「実は…さ。これ、買ったんじゃないんだ。」 「………!?ま、まさか…盗んだの!?なんでそんなことしたのさ!」 「ばっ、馬鹿言え!誰が盗むもんか!そんな真似するわけねぇだろ!」 「じゃあ…本の懸賞か何か?」 「ちっちっち。…そーでもないんだよなぁ。」 「じゃあ、何さ。」 「いいか…………、こっからの話は俺とお前だけの秘密だぞ。他の奴に絶対に言うなよ?」 「う、うん。」 「実はさ…これ、あ、あっと!驚くなよ!? これ……、『木こりの泉で正直に答えたら、もらえたんだ。』」 「………?何言ってるのさ。あれって、童話でしょ?本当にあるわけないじゃん。」 「違げぇよ!本当にあったんだって!ほら、お前も覚えてるだろ?昨日、皆で野球やってたあの林の中!」 「…………!あ、ぁぁ…そういえば、あったね。」  カロンは、あの液体との一騒動を思い出し、少し血の気が引きました。彼は続けます。 「昨日の夜さ、俺も、あそこに大事なボールを忘れたのに気づいて、親の目を盗んであの林にもう一回行ったんだよ。」 「へ、へぇ………、そ、それで?」 「それで、ボールを見つけ出して、帰ろうと思ったら…、お前がボールを取りそこなって、入り込んだ林の奥んとこがあったろ? あそこにさ、変な、水溜り?そんな感じの泉があったわけなのよ!」 「あのさ、ちょっと声が大きいんじゃないの?…秘密にしといて、って言ってなかったっけ?」 「あ、そうだな。…あー、おほん。でさ、ものめずらしさに、ちょっと覗き込んでみようと思ったんだ。 そしたら、そこの石につまづいて、肩に掛けてたバッグから、フィギュアが水溜りの中に落ちちゃってさ。」 「落ちた、って…なんでそんなものを持ち歩いてるのさ?」 「あ、いや…あれだよ。あの後買ったのがそのまま紛れ込んでて、さ。…そ、それはともかく! とりあえず、落ちたフィギュアを水から拾い上げようとしたんだ。そしたら…。 『お前の望むものは何だ』、なーんて声が下から聞こえてきてよ、で、俺が『ハイパーフォームフィギュアだ』って言ったら、 『よかろう、叶えよう』って声が聞こえてきて、あぶくの中から、これが出てきたわけなのよー。どうよ?すごいだろ!」 「う、うん………。」  カロンはフィギュアの事ではなく、昨日、自身が体験した恐怖と、キザキが体験した出来事の差異に驚きを隠せないようでした。 「あ、あのさぁ。…キザキ君があそこに行ったのは、いつぐらいの話?」 「俺がいつぐらいに行ったかってことか?…えっと、たしか……、9時ぐらいだったと思うけどなぁ。時計はめて行ってたし。」 (9時……、確か、ぼくがあそこに行ったのは、お姉ちゃんの話だと、8時ぐらい。 …一時間ぐらい後のキザキ君は、あの出来事は、当然見てない、か……。一体、どういうことなんだろう。) 「でも、それ本物なの?本物はまだ売ってないんでしょ?」 「馬鹿!よく見ろよ!マントによろしく仮面の顔が映ってるだろ!手袋の形だって違うし、 何より、ブリーフじゃなくて、ボクサーパンツになってるんだぜ!?分かりやすすぎるだろ!」 「いや、それは…分かりにくいと思うけどなぁ…。」
*
 学校が終わり、家に着いて一息ついても、彼は友人の話していた、あの泉のことが頭から離れず、 不安に駆られ、落ち着けずにおり、 (あの話…、やっぱり、あの水と何か関係あるのかな。だとしたら…………酷い話だなあ、もう。 ぼくは出会い頭に首を絞められて、キザキ君にはフィギュア。…あれ?何だかムカついてきたぞ。なんでぼくだけ……。 あ、いや…っていうかほっとくって決めたばかりだし。考えないようにしなきゃ、考えないように……。)  突然、家の電話が鳴り出しました。まだ帰ってこないミラの代わりに、カロンは電話を取って応対します。 「はい、もしもし」 「おい、カロン!よくも…、よくも裏切りやがったな!俺の気持ちを裏切りやがったな!」 「…?は?」  電話を掛けてきた相手はキザキでした。なにやら激昂しているようですが、その理由をカロンが知っているはずがありません。 「とぼけるな!お前がしゃべったんだろう!有名になろうとでも思ったのか!?」 「いや、何の話だか分からないけど、違うよ、ぼくじゃない!まずは何が起こったか、ちゃんと説明してよ!」 「…ッ、わかった。じゃあ早く、テレビつけろ、テレビ!」 「テレビ?なんでまた。」 「いいから!早くしないと終わっちまう!早くつけろ!●×チャンネルだぞ!」 「まったく、もう……わかったよ。ほら、つけたよ。●×チャンネル、でしょ?」  キザキはカロンにテレビをつけることを要求します。彼は言われるがままにテレビをつけ、指定されたチャンネルに回しました。 そのチャンネルでは、地域のローカルな話題を伝えるニュース番組をやっていて、 彼がテレビをつけたときには、『人の願いを叶える!?怪奇の泉の謎に迫る』という話題が挙がっていました。 「い、泉……!?ま、まさか………。」 ──我々取材班は、物を落とすと、人の願いを叶えるという、さながら童話の木こりの泉のような泉があるというウワサを聞きつけ、 ここ、鎌倉のとある泉へとやってきた。 『はーい、ここがその、さながら『木こりの泉』のような泉のようです。 見たところ…、普通の泉と変わりないように思えます。綺麗なコバルトブルーの色の泉です。 特に変わったところはありませんが…あッ!!』 ──アナウンサーが泉に近づいたその時!突如、我々の頭の中に、 一体何者かとも知れぬ、不気味な声が流れ込んできたのである! ―お前の望みを聞こう。何か、欲しいものがあるのなら、…我が泉の中に物を沈めよ。沈めるのだ。 『あッ、聞こえましたでしょうか!?何か、何か声が聞こえましたッ!』 ──お聞きいただけただろうか?これは決して、VTRに後付けでアテレコしたものではない。 泉が、我々の頭の中に直接語りかけているのである! 『では、泉の中に、私のデジタルカメラを沈めてみます。…そーっと……。』 ―…なるほど、よかろう。貴様がこの中に沈めたのは、この使い古されたデジタルカメラか?それとも、貴様の望んでいる、この最新式の機種か? 『…見てください!カメラを沈めた瞬間、泉の中から、私のカメラと共に、先日某社から発売された新機種のようなものが浮いて来ましたッ! 質問の内容も、童話の木こりの泉そのものですッ!』 ──取材班も、この脅威に驚きを隠せない。 断っておくが、これはCGでも仕込みの映像などではない。信じていただけないかも知れないが、これは事実なのだ。 科学が世の中を制する今の世の中にも、人間の人知はおろか、自然の驚異すら超えた、未知の世界はまだ存在しているのである! 「もしかして、…これのこと?」 「そうだよ!お前がテレビ局に話したんだろう!いくらもらった!いくらもらった!?」 「ちがうよ!っていうか、こんなこと話したって、まともな大人が信じるわけないじゃんか。」 「そ、それはそうだけど…っつったって、今、テレビでやってるじゃねぇか!やってる以上誰か信じたんだろ!」 「あ。それは…その〜、えぇい、もう!とにかく、ぼくじゃないんだ!さよなら!」 「おい、ちょっと待てって……!!あ。」  対応に困ったカロンは、強引に電話を切り、掛け布団をかけて布団の中にもぐりこんでしまいました。 (な、なんなんだ、あれ……、何にせよ、普通じゃない!誰か、誰かいないか!?だれか、誰かに相談しなきゃ…!……よし!)  カロンはかぶっていた布団を払い、家を出てどこかへと走り去ってゆきました。 …が、家を出てちょっと走ったところで、家の鍵を掛け忘れた事に気づき、慌てて家に戻って鍵を閉め、再び走り去ってゆきました。
*
 カロンが布団に潜って思案をめぐらせていたその頃、先ほど泉に来ていた番組スタッフたちは、 撮影を終えて局に帰ろうと、機材の片づけを行っていました。 「機材全部積み込み終えましたー。」 「よし、じゃあ、局に帰るぞ。全員揃ったか?」 「あ、ディレクター。ADの朝妻さんがいません。」  機材の積み込みも終わり、車で局に帰ろうとしていた番組スタッフですが、一人足りないことに気がつきました。 「朝妻さーん、泉の前で何やってんスかー?」 「いやあ、せっかくだからさ、この泉の力を使っておきたくてねー。ちょうど欲しいフィギュアがあるしー。」 「趣味も大概にしてくださいよ、朝妻さん。自分たち、先に車の方で行ってますんで、早く追い付いてください。」  一人泉のほとりでしゃがみこんでいたADは、持っていたフィギュアを泉の中に落とし、浮かんでくるのを待ちました。 スタッフたちは、そんな彼の様子に呆れ、先に車の方に向かっていってしまいました。 「あいよー。…さぁて、来た、来た〜♪」 ―…お前の望むものは、これか?   「そうそう、それそれ♪いやぁ〜、ありがとうよぉ。それ、欲しかったんだけど、今じゃプレミアついちゃって、普通じゃ手に入らないんだー。 …あ。でも、前のフィギュアも捨てがたいなー。泉さんさぁ、やっぱり、さっきのも返してくれよー。」  ADは、欲深さに、落とした元のフィギュアまで返すように要求しますが、 ―ダメだ。それは出来ない。 「まあ、そう堅いこと言わないでさー。童話の木こりの泉は、正直に言えば、両方ともくれるんだしー。」 ―…そのようだ、な。しかし、同時に2つの物を望むこともまた、許されざることではない。そうだろう? 「そ、それは…。じゃあ何か?ルール違反した僕は、どっちのフィギュアも没収、とでも?」 ―それも違う。ルールを冒す者は…。 「じゃあ、なんだって、ん…、!?ごぽ!ごぽごぽ、ごほ……!」 ―私の養分となりて、永遠に生き続けてもらう。 「……あれ?朝妻さん?朝妻さーん?」  突然、泉が盛り上がり、彼の顔を包まれしまいました。彼は暴れる事も、声を上げる事もできずに、 そのまま、盛り上がる水に体全体を包まれ、泉の中へと消えてしまいました。
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