「絶対に笑ってはいけないラジオドラマ大賞」


 彼の名前は「夢野 美杉(ゆめの みすぎ)」。放送作家である。 彼は今、局のデスクで、自身が立案した企画「持ち込みラジオドラマ大賞」の選考作品10作を、 サブディレクターやその他スタッフ数人と読み込んでいる最中である。 「ふぅ。選考作品はこれで最後、か。…はああー、どいつもこいつも…、 なんていうか、こう…、心にどーん!と来るものがねぇなぁ。これもボツ」  夢野は原稿をテーブルに置き、溜息をついて椅子の背もたれに重心を掛ける。 今読んでいたそれも、彼の眼鏡にかなう作品ではなかったようだ。 「夢野さん、ハズレですか?その原稿も」 「まぁね。なんともまぁ、期待外れもいいとこだよ。 番組内であれだけ煽って、反響もあったってのに、たった10作しか来ないとは。世も末だぜまったく」 「期待外れ、なんていいますけどね、こんなにガチガチに設定決められちゃ、 リスナーも話を書きにくいんじゃないですか?」  スタッフの一人が賞の取り決めを記した紙を夢野に渡す。そこに書かれていた内容はこうだ。
”輝け!リスナー持ち込みラジオドラマ作品大賞”
◎募集内容 ・書き下ろし未発表の小説作品。 ただし、リスナーからの意見投票の結果を考慮し、以下の要素、登場人物を踏まえること。  ・主人公の少女「カンナ」、友達の「アヤコ」、クラスの担任「牧村先生」  ・主人公は「牧村先生」に恋心を抱いている ・原稿用紙20〜30枚程度。 ・本文の前に200字程度のあらすじを書き添えること。 ・○月×日 17時半消印有効。 ※ただし、放送時間20分程度のため、 長い場合はカットを、短い場合は脚色を加える。 「間口が狭すぎるんですよ。こんなに窮屈じゃ面白いものもできませんって」 「この企画をやる!って言った時にとったアンケートで、リスナーがこうしてほしい、 って頼んだんだからしょうがないだろ。民主的でいいことじゃないの。 それにみんな同じ題材で書くんだ。書く人間の力量がダイレクトに伝わってくるし。 しかも採用されれば即ラジオドラマとして放送されるんだぞ、物書きを目指してるんなら、 もっとバンバン挑戦してくると思った。…のだがなぁ」 「でも、こっちの作品なんかは結構面白いと思いますよ」  夢野とスタッフのやりとりに、一人の女性スタッフが口を挟む。 彼女は自分の読んでいた原稿を夢野に手渡した。 「どれどれ…」 〜だいすきです。〜  作:P.N.右往 左往(うおう さおう) あらすじ: 女子高生のカンナは自分のクラスの担任「牧村先生」が大好き。 友人の「アヤコ」に後押しされ、学校の校門前で告白するも断られてしまう。 牧村先生は不治の病で、持ってあと数週間。彼女を悲しませたくないという優しさからの判断だった。 茫然自失のカンナは、誰も使っていない小さな空き家に放火し、そこに飛び込んで命を断とうとするが―――  原稿用紙を全て読み終わった夢野が、苦々しい口調で答える。 「いやさ。面白い。面白いとは思うよ。 でも、こんなのこのギョーカイじゃごじゃまんとあるわけで。 今さらこんな物語を出しても新鮮味も面白みも何もないわけで」 「そうですか…。わたしは面白かったのになぁ」 「ま、そう落胆しないで。他のがよっぽどダメならそれを採用するって手もある。 …他には誰かいないかー?面白いと思える原稿読んだやつー」 「あ…それなら、これなんかも結構いいんじゃないかと思うんですけど」 「よし、見せてみろ」 〜変態教師牧村先生〜 作:P.N.苦楽 拳斗(くらく けんと) あらすじ: 校内でいい意味でも悪い意味でも有名な牧村先生。 今日もすれ違いざまに女の子のおしりを触ったり、女子更衣室からブルマを盗み出したりと大忙し。 そんな中、彼のクラスの生徒、カンナとアヤコは友達との罰ゲームにより、 牧村先生にウソの告白をすることになったのだが…  原稿を読み終わった夢野はこらえきれなくなりふっと笑いだす。 「すげぇ、すげぇなぁこれ。よくもまぁこのお題でここまで…、っと、思い出し笑いが…」 「でしょー?いいでしょこれ?やっちゃいましょうよ夢野さん」 「でもさ…、くふふっ。さすがに”シモ”の話題がたくさん出てくるようなのを、 公共の電波で流すわけにはいかないだろうよ。これを読み上げる声優さんは慣れてるかも知れんが」 「えぇー?夢野さんちょっと厳し過ぎっすよ」 「馬鹿。こちとら全国一千万人のリスナーの期待を背負ってこの企画に臨んでるんだ。 少し厳しいぐらいがちょうどいいの。他はー」 「…あぁ、じゃあデスク。僕もひとつ」  夢野の真向いに座る男性スタッフがおずおずと手を挙げる。 「うん?自信がなさげなのが気になるが…。おぉお、こりゃまたお固い文章だな」 〜我が愛しの学舎(まなびや)〜 作:P.N.本間 海奈(ほんま かいな) あらすじ: 教師と生徒という間柄ながら、恋中となってしまったカンナと牧村先生。 それなりに幸せだった二人を引き裂くかのように、 カンナの友人、アヤコが謎の死を遂げる。死の真相を追うカンナの前に 自身の想い人である牧村先生が立ちはだかり――― 「どうです?いけそう…だと思うんですけど」 「うう…む。サスペンス…ねぇ。20分番組用に構成まで練られてやがる。…本当に素人のホンか? でも、お昼のラジオ番組で扱うにはちょいと暗すぎる。 それに、よく見ろよこれを!規定枚数5枚も過ぎてるじゃないか!この時点でもうダメだろ」 「でも夢野さん。今の三つ以外は面白いの、ないんですよね」 「う……ん。それは…認める」 「そんな頭ごなしに否定ばっかしてちゃ、何にもならないですよ」 「ぐぅ…っ」  夢野は頭をくしゃくしゃと掻いて唸った後、彼らの方を向かずに答える。 「あぁもう!わかった、わかったよ!君たちの意見はよくわかった! 後はもう私がやる!君らはほら、次の番組!次の番組の準備!急いで!」 「えっ!?で、でもデスク」 「無駄口叩かない。パーソナリティの人もあっちでスタンバってんだから。 ほらほら、散った散った」  夢野はスタッフを追い払うと、一人スタジオの奥に引っ込んだ。 用具庫からパイプ椅子と小さな丸型テーブルを引っ張り出して、 テーブルの上に三種の原稿を並べると、タバコに火をつけ一服し、うんうんと唸る。 「どれもこれも…、一本のラジオドラマで使うにはちょっと厳しいんだよなぁ… しかし、企画の立案も決定権も俺にあるわけだし…、誰かに任せるわけにもいかんしなぁ。 …使えない脚本をうまく編集して扱えなければ、一流の放送作家とは言えんぞ夢野!どうする…どうする…」  妙案が浮かばず、原稿の前でにらめっこを続ける夢野。 そんな夢野と原稿用紙の格闘を、一通の電話が強引に遮った。 「夢野さーん、夢野さーん!お電話でーす」 「電話ァ?そっちで出てくれないかー?忙しいのよ俺は」 「オンエア5分前なんです!手が離せないんですよ手が!出てくださいってば」 「あぁもう!わかったよ!出ればいいんだろ?」  夢野は心底めんどくさそうに、吸っていたタバコを灰皿でもみ消し、 スタジオ脇に置かれた電話の受話器を取る。  「……はい、もしもし。あぁ、松川プロデューサーですか。どうしたんです?こっちは本番前なんすよ」 「ごめんね、こんな時間に。…”リスナー持ち込みラジオドラマ大賞”の選考場所はここ…でよかったわよね?」 「はぁ?えぇ、そう…なりますけど」 「そこに”右往左往”というペンネームで書かれた原稿があるでしょう? 何も言わず、何も聞かずにその原稿、採用してくれないかな。」 「なっ…、何を言ってるんですプロデューサー!それになんで応募者のペンネームを知って…」 「その原稿が”彼方春香(かなた はるか)”の著作だ、と言ってもそう言える?」 「はるか……、え、えぇっ!」  夢野は声を上げて驚く。 彼方春香。10代後半から20代前半の女性に絶大的な人気を誇る有名作家の名前だ。 なるほど、持ち込みの作品にしては章立てや構成がしっかりしている、と夢野は納得した。 が、だからこそ、彼は一度深呼吸して電話先に返答する。 「…仮に、仮にこれは春香先生の作品だったとしましょう。しかし、しかしですねぇ、 そんなことをして何になるんです?たかがラジオドラマの原稿ごときに」 「いや、いや。そう噛みつかないでくれる?こっちだって困ってるのよ。 大友出版って知ってる?日本の出版物業界の中でも三本の指に入るほどの大物企業。 そこがさ、”彼方春香のホンを採用させろ”って言ってきたみたいなの。 ほら、春香先生は若者向けの人気作家でしょう?先生の作品なら数字も取れるし、 あっちも物販の販促になるし一石二鳥!なんて言って丸めこんじゃったみたい」 「ちょ、ちょっと…でもこの企画の責任者は自分」 「ごめんね夢野君、ほら…ラーメンおごるから、さ。じゃあ、あとはよろしくねぇ」 「ぷ、プロデューサー!」  夢野の反論を軽くいなして電話は切れた。電話の前には噛みつくべき相手と牙をを削がれた哀れな男だけが残る。 「ど、どうしたんですか夢野さん。 そんな”自分の目の前で数量限定販売商品が売り切れた”みたいな顔して」 「やけに分かりにくいたとえだこと。…ほら、さっきの”だいすきです”って原稿あったろ? あの原稿、彼方春香の作品だったみたいで、それを使用しろってさ」 「えぇっ!あれを、ですか!…しかし、許されるんですか?そんな横暴な…」 「許されちゃうんだよ。出版社もこの放送局も得するんだから、断る理由がないんだとよ。 …あぁあ、損をするのはいつだって現場だ。なりてぇなぁ、こういう強引な決定を下せる立場によ」 「夢野さん。ふてくされる気持ちも分かりますけど、仕事はしないと」 「君は楽天家でいいね。こちとら、そうささっと気持ちの切り替えができないもんでーっとォ」  夢野が気落ちうなだれていると、再び電話のベルがスタジオ脇で鳴り響く。 「ほら、ほら。また電話ですよ。もしかしたらさっきの決定を取り消すのかも」 「そんな素っ頓狂な話があるかよ。出たくねぇなぁ、もう…。はい、もしもし」 「こんにちは。君だね、”ラジオドラマ大賞”のディレクター、夢野三杉、というのは」 「はぁ。失礼ですが、あなたはどのような…」 「おしどり出版。”スポンサー”、と言った方が分かりやすいかな」 「お…おしどり出版!?…というと、あの?」 「その、だ。君の所に、”本間 海奈”というペンネームの原稿が届いているだろう? あれを、君の番組で扱ってくれないかね」  またこれか。嫌になるぜ、と夢野は心の中でひとりつぶやく。 「…私もね、こんなマネはしたくはない。したくはないんだ。 だが本間海奈…、富田民人(とみた たみと)先生も今年でデビュー30周年の大御所。 そんな先生が、こんな番組のために原稿を書いてくださっているんだ。取り次いではくれないかね」  富田民人。日本のサスペンスもの作品作家の常連。 その筋のファンで知らないものはいないとまでされる大御所だ。もううんざりである。 彼はわざと電話先の人間に聞こえるようにふぅとため息をついて答える。 「あのですねぇ。確かに私はこの企画の立案者で、決定権は私にあるかもしれません。 ですが、私にそのようなことを頼むのはお門違いではありませんか?」 「そうだね。君の言うとおりだ。全面的に、な。 しかし、しかしだ。既にプロデューサーや曲の上層部の方にはその…、他の会社の手が回っているみたいでね。 そこで、現場の判断で変更が行える君に頼むしかないのだよ。分かって…いただけるよね?」 「………」 「あぁ、いやいやいや。すまなかったね。では、これにて」  受話器の先でぷつん、と切れる音がした。夢野もこれ以上の問答に意味はないと判断し、 かけなおすこともせず、悪びれることもなく、ただ静かに受話器を電話に戻した。 「――いやぁ、困っちゃいますよね〜。そういう理不尽な要求ってぇ」 「仕方がないですよぉ。やんなきゃ、自分の首が危ないですもんねぇ」 「…くそう!ちくしょう!おめぇらに言われなくたってわかってんだよ!」 「夢野さん落ち着いてください!あの番組の構成と脚本、あなたでのでしょう!」  今まさに収録を行っている放送室に殴りこもうとした夢野を、数人のスタッフが押さえつける。 押さえつけられ、なだめられて少し落ち着いたのか、彼はスタッフを振りほどいて一声かけると、 少しくたびれたソファに、上半身の重心を思いっきり掛けて腰掛け右手で目を覆ってつぶやく。 「はぁあ…、何が”リスナー参画型企画”だよ。何が”企画の統括”だよ。 これじゃあ体のいい左遷じゃねぇか」 「夢野さん…お気持ちは…お気持ちは分かりますが、私たちは、そういう条件、状況下だって、 いや、だからこそ、そこで踏ん張って、いいものを作るために、ここにいるんじゃないんですか?」 「あぁ、そりゃそうだなァ?でなきゃ、単なる給料泥棒になっちまうもんなァ、こちとらなァ。 …ンなこと、言われなくたって分かってるよ。だからどうすりゃいいか迷ってんじゃねぇか」 「夢野さん…」  ひとつは上層部からの命、ひとつは直接的な圧力。番組の企画立案者として、どちらも認めたくはない。 しかし、どちらかを認めざるを得ない。社会で生きるとはそういうことなのだ。 だが、どちらに転んでも無事では済まないこともまた、夢野は知っていた。 だからこそ彼はスタッフ相手に悪態をつき、無駄だと分かっていてもどうすればよいか思案を巡らせている。 三度、電話のベルが彼の脳裏に鳴り響く。しかし、今度はスタジオの電話ではない。 スーツのポケットにしまっていた携帯電話がぶるぶると震え、着信音を鳴らしていたのだ。 夢野はただ、力なく携帯電話を着信ボタンを押して耳にあてる。 「もしもし?今電話に出る気は……って!張替さん、張替さんじゃないですか!いやぁ、もう、お久しぶりですぅ」 「よっ、久しぶりだな夢野。今NGKのお昼のラジオ番組の放送作家やってるんだって? いつも聞かせてもらってるぜ」 「本当ですか!?いやぁ、ありがとうございます。そうだ、今度飲みに行きましょうよ。 自分、いい店知ってるんですよ」  同業者の、しかも仲の良い先輩から不意にかかってきた電話。 自身の進退を含めた抜き差しならぬ状況にあった夢野の心に、少しだけ晴れ間が見えた。 この手の理不尽な要求を何度もこなしてきた先輩なら、 今の自分の悩みに答えてくれるのではないか、そういう思惑もあった。 しかし、夢野が話を切り出す前に、事態は予期せぬ方向へと動いてしまった。 「ああ、それもいいかもな。だが、その前にお前にひとつ、頼みたいことがあるんだが…」 「はい?なんです?張替さんの頼みなら、なーんでも聞きますよ」 「そうか、そいつは助かる。あのよ、お前んとこのラジオドラマ?だっけか。 あそこで放送する原稿の中によ、”苦楽拳斗”、ってやつが書いたの、あるだろ?」 「え?そりゃまぁ…ありますけど」 「いやさ、そのね?苦楽拳斗?いやいや、俺の知り合いの若手作家なんだけどさ、 もう読んだだろ?面白い?面白いっしょ?な?な!」 「そうですね…声出して笑ったことは確かですが」 「だろ?な?な!売れてしかるべきだろ!そこで、だ。彼の原稿、今回のその企画に出しちゃあくれねぇかなぁ。 あいつ、いいホン書くんだけどよ、ちょいと自分に自信がないみたいでさ、 こういうところで自信をつけさせてやりてぇのよ。分かる?分かるでしょ?この親心。あ、俺親じゃないけどさははは」 「分からなくはない…ですけど、さすがに自分の一存ではなんとも」 「そっか。…悪いね夢野!じゃ、後は頼むわ。…あぁ、俺、これからバラエティ番組の仕事があるから、じゃな!」  張替の楽しそうな笑い声と共に電話は切れた。同時に夢野の中の何かもぷつんと切れた。 直後、同時刻に収録を担当していたスタッフがスタジオ脇に戻ってくる。 「おつかれさまでーす」 「夢野さん、どうかされたんですか?そんな”目の前に銃口向けられた”みたいな顔して」 「なんだか、顔もすごく青ざめてますよ?医務室に行ったほうがいいんじゃ」  皆、夢野が青ざめ、生気のない目つきをしていることを不審に思い、尋ねてみるが返答は何もない。 だが、彼は皆が集まってきたことに気づき、突如その場に座り込み、土下座を敢行したのである。 「…すまん!」 「はい?」 「夢野さん、どうかされたんですか?」 「すまん」 「いや、もういいですよ、頭上げても」 「それよりも、私たちが収録に行ってたとき、何かあったんですか?」 「す・ま・ん!」 「いや、だから…すまん、だけじゃわからないんですってば」 「強調とかしなくていいですから」  夢野は、謝ってごまかすのをあきらめ、スタッフ全員に事情を説明することにした。 まるで驚きやどよめきを示す漫画の擬音が目に見えるかのようなの衝撃がスタジオ内を包む。 「な…なんでそんなことに」 「ひとつやふたつの圧力ならまだしも…みつどもえ…、なんていうかもう、圧力のサンドイッチですよ!」 「おーい、そこー。誰もうまいことなんか期待してないからなー。 だが…抜き差しならない状況にあるのは、確かだ。どれを選びどれを抜いても、俺たちはクビを切られるだろう…な」 「あの…ひとついいですか?デスク」 「なんだ?この忙しいときに」 「先輩…夢野さんの先輩は別に省いたっていいんじゃ」 「よくねぇよ!そこは省いちゃまずいんだよ!」 「そりゃあ夢野さんは困るんでしょうけど、プロデューサーとスポンサーに比べれば…」 「馬鹿野郎、えこひいきか?えこひいきするのか?お前は人をえこひいきできるほど偉いのか? あーあー、嫌だねぇ。人の恩や絆をアダで返すやつはさぁ…おっと」  その時、テーブルに置かれていた三種の原稿が何枚か床に落ちた。これはいかんと、かがんで原稿を拾い上げる夢野。 「あーあーあー。ぐちゃぐちゃ。なにやってるんですか夢野さん」 「悪かった。悪かったから、手伝ってくれって」 「はいはい、わかりましたよ」  三種の原稿が床の上でバラバラに混ざり合ってしまったため、スタッフ総出で集め、並べ直すことに。 その時だ。夢野は苦楽と右往の原稿の一部が混ざっているのを見て、何かを思いついた。 「なぁ…ひとつ。ひとつ…、私に、考えがあるんだが」 「はぁ?」
 次の日。よく晴れた日の昼下がり。夢野らが企画した”ラジオドラマ大賞”。 その放送時刻を2時間前にひかえ、 スタジオには、ラジオドラマを朗読する声優3人が到着。パーソナリティと話をしたのち、 台本を受け取って読み合わせを行っている。 そして、その様子をスタジオの脇より見守る夢野他、制作スタッフ一同。 「来ちゃい…ましたね」 「あぁ…、来たな」 「夢野さん。これで…、これで、よかったんですかね?」 「それを決めるのは私たちじゃない。視聴するリスナーだ」 「…自分がリスナーだったら、声を大にして間違ってる、って投書出しますよ」 「…褒め言葉として受け取っておくよ」 「デスク、何か、自分にできること、ありますか」 「主演の豊崎さんがホンを読んでひきつった顔をしている。黙らせてこい」 「…無茶言わないで下さいよ」 「俺、無事に収録が終わったら、片思いの彼女にプロポーズしてきます」 「不吉だからそういうことは言うな」  誰も彼もがあきらめとは違う、どこか悟りきった雰囲気であった。 自分たちのこの先の運命を事実として受け入れる準備を、覚悟を決めたのだろう。 そんな空気の中、そんな裏方の事情など露知らず、声優とパーソナリティは収録現場に入り、 パーソナリティの明るく、良くとおる声を皮切りに、 『ラジオドラマ大賞』の放送の火ぶたは今、切って落とされた。 「--はいはーい!それでは、全国一千万人のリスナーさんおまちかね! 『輝け!リスナー持ち込みラジオドラマ作品大賞』の入賞作発表! そして、その台本を使ってのラジオドラマ、いよいよ放送でーす!ぱちぱちぱち」 「それでは、さっそく発表しちゃいましょー!この企画、第一回の栄えある入賞者は〜… …………………な、な、な、な、な、な、な、な、なぁああああああんとぉおおっ!! P.N.右往左往さん! P.N.苦楽拳斗さん! P.N.本間海奈さん! の…合作脚本でぇえええっすっ!」  すべてが終わった。パーソナリティの明るい声を聞きながら夢野はそう呟いた。 三つの圧力。これらすべてを満たすにはこれしかない、そう思ったからこその事態であった。 しかし、夢野自身はこの決断を間違ったものだとは思っていないし、 もう何をやっても無駄だから、というあきらめもあった。しょうがなかったのだ。 ほかのスタッフも同じ気持ちであった。しかし、彼らも何も思い浮かばなかったのだ。 ならば、まとまる可能性はとてつもなく低くとも、上司の出した案に従わざるを得ない。 当然の帰結である。  そんな事情を知ってか知らずか、パーソナリティは明るく朗らかな声で、 夢野たちが前日にでっち上げた作品紹介及び、入選理由の原稿を読んでゆく。 「…夢野さん、電話。電話、鳴ってます」 「すまないが、誰か出てくれないか?気分がすぐれない」 「嫌です。私だって、おなかが痛くて…」 「あ、僕も僕も。昨日の徹夜の原稿整理で腱鞘炎になっちゃって」 「デスク。自分、持病の腰痛が再発してきちゃったんで、帰っていいですか?」 「がんばれ。こういう時こそ気合いを見せろ。踏ん張るんだよ」  三人の声優が収録用マイクの前についた。いよいよ、いよいよである。 スタッフは皆、電話の回線を抜き、携帯電話の電源も切り、くたびれたソファに腰掛けて、 ある者は頭を抱え、ある者は収録現場から片時も目を離さずに見守る。  軽い咳払いと深呼吸をして、語り兼主演の声優が口を開く。  …わたしの名前は岩崎カンナ。わたしは今、ある意味人生で初めて、なんというか、そのぅ、 岐路と言うべきか、壁と言うべきか、とにかく大きな何かを飛び越えようとしているところ、なのです。 わたしが越えようとしている何か…、それはちょっと、言いにくいんだけど……いてっ! 「こぉら、カンナ。なぁにぶつぶつ言ってるのー?」 「はっ!ご、ごめん。アヤコちゃん」 「まったく…、アタシだって暇じゃないのよ?それを!大親友の!あんたのために!割いてやってるんだから。 …ありがたく思いなさいよ?」 「うん。…ありがとね、ほんとに、さ」 「何よ、しおらしくしちゃってさ。あんたらしくもない。」 「だって…、アヤコちゃんのおかげだもん。わたしが先生に告白しよう、って思えるようになったの」 「あぁ、そのこと。気にしないでいいって。アタシがただ、ウジウジしたやつが嫌いなだけだからさ。 …まぁ、あんたの背中をばーんと押して、そのまま気絶するとは思わなかったけど」 「あのときはもう、決心する前に失神しちゃったよー」 「うまいこと言うじゃないのこいつぅ」  そう。アヤコちゃんのおかげで、わたしは決心できたんだ。 あこがれの、クラスの担任の牧村先生。彼に『告白』することを。 「でもさカンナ。あんたなんで、先生に告白しようと思ったの?」 「なんで?」 「なんでって…牧村先生。あの牧村先生よ?あの…」  ふと、アヤコちゃんが口を閉じ、教室の外に視線を移す。 うわさをすればなんとやら。牧村先生が誰かと話をしているみたい。 「…先生ッ!また…、またですか!せっかく出所してきたばかりだというのに!」 「…いやぁ。ははは。ついつい、出来心で」 「先月はリコーダーの先っぽ、半月前はブルマ!、そこでしょっぴかれて反省したかと思いきや、 出所して早々、こんどは”女性下着”を盗むなんて、何をしてるんですか!」 「いやはや。まいりましたよねぇ、ほんとに。何がまいったって、 クラスで一番かわいい子のものと間違えて教員の先生のを持ってきちゃって、あの時はもう悔しくて悔しくて」 「そういう話をしているんじゃありません! こっちとしても問題は起こしたくないんですよ、頼みますからおとなしくしててください」 「…あ。もうそろそろドラマの再放送の時間じゃないか。…三島先生、お先に失礼いたします」 「ちょ、ちょっと!先生、先生ッ!!」 「ふっふっふ。アヤコちゃん。恋に理由なんてないのだよ。 好きだから好き。好きだから告白したいと思ったの。それでいいじゃん」 「…さいですか」 「って、あぁぁああああっ!先生、走ってどっかに行っちゃった!もう!アヤコちゃんのせいだかんね!」 「なんでそうなる!あたしに文句言ってないで追え、追えってば」 「あーん、先生早いー、アヤコちゃーん、手伝ってぇ」 「あぁもう!わかった、わかったら、ひっつくなっての」 ―――「…あの場面、確か右往左往さんのやつだと、 ”牧村先生に告白する女生徒がフラれて、アヤコが告白の難しさをカンナに訴えかける”、ものでしたよね。 これじゃ、なんでカンナが牧村先生のことを好きになったのかさっぱりじゃないですか」 「しょうがないだろ。全体の構成上、ここで苦楽の文章も入れとかなきゃいけなかったんだから。 それに見ろよ、牧村先生役の前田さん、ノリノリで演技してるじゃないか。これでよかったんだよ」 「…豊崎さん、時々マイクの電源切ってくすくす笑ってますよ」―――  (カンナ・ナレーション)>>さすがはウチの女子陸上部エースのアヤコちゃん。 軽々と先生に追いつき、校門前に来てもらえるよう、約束を取り付けてくれました。 やっぱり持つべきものは友達だよねー。アヤコちゃんだいすき。 ざっ、ざっ、と少しずつ大きくなる足音。それに合わせて高鳴る鼓動。 言いたいことや伝えたいことはいくらでもあるのに、あぁんもう、どきどきしすぎて頭が真っ白。 あー、もう!わたしのバカバカバカっ。落ち着け、鼓動、心臓、妄想! (アヤコ・ナレーション)>> 校門の柱の影から黄色いリボンがちらちら映る。何を考えているのやら。 でもせっかくだ。牧村先生のフリをして近づいて笑ってやろうっと。 …悪いことじゃないよね。予行練習、ってやつで。 (カンナ・ナレーション))>>あぁ、背中越しから先生の感じが伝わってきた…、あぁもう!我慢できないっ ぱぁん 期待と希望を胸に秘め、勇んで校門の影から飛び出したわたしを出迎えていたのは、 一発の銃声と、それによって眉間を打ち抜かれ、 血しぶきと若干の脳しょうを撒き散らして仰向けに倒れこむ、親友の姿だった。 「きゃあああああああ」 ―――「おい、誰だ!民人先生の文章をここに挿入したの!」 「いや、ほら、拳斗さんと右往さんの文章だけじゃないですか前半分は。バランスが悪いんですよ」 「そりゃあそうだが、よりによって、こんな…。見ろよほら、アヤコ役の佐藤さん、固まっちまったぞ」 「…あの人、ホンを読みきってなかったんですね。まだガヤの役はあったはず、ですけど」――― ※ガヤ アニメ・ゲーム業界などにおける『声』のエキストラ。 (カンナ・ナレーション))>>「あぁ…、あぁ…、あぁっ」  横たわるアヤコちゃんの肩を抱く。 そのぬくもりは徐々に、確実にわたしの手から消えてゆく。 声にならない。言葉にならない。何も考えられない。 わたしはどうすればいい?なにをしてあげればいい? 「……君!カンナ君!」  だれかがわたしを呼んでいる。見上げて何なのかを確かめるわたし。 「やぁ!遅くなってすまないね!三島先生を振り切るのに時間がかかってしまって」  ブルマをかぶったスーツ姿の男の人がそこにいました。あ、牧村先生ですね。 牧村先生が来てくれたおかげで、わたしは少しだけ落ち着くことができた。 たまっていた何かが、抑えきれなくなった。 「せんせい…せんせぇい…」 「どうかしたのかい?…おぉ、君が抱いているのは…アヤコ君じゃないか。あぁ、なんと変わり果てた姿に…。」 「あ、あ、あ…あの、先生」 「大丈夫。私の担当教科は保健だ。…やはり、ダメ。だったか」 「えっと…あの、先生?」 「…カンナ君。彼女と親友だった君には悪いのだが、私に彼女を弔わせてはくれないか。 せめてもの餞(はなむけ)だ」 「あ。いや、あの。先生。…そのぅ」  先生はアヤコちゃんの体を抱いて校門を抜け、道路へ。後を追うわたし。 「街の外れの丘に行こう。夕方になるがそこなら…」 「…あの。もしもし?」 「はい?今急いでいるのでまたあとに…」   「ちょっと…署の方まで来てはもらえませんかね」 「いや、だから私は急いでいると何度」 「ちょ…ちょっとあなた!その抱いてらっしゃる方は何です! 頭から血を流しているではありませんか!! …あー、あー。誰かー!誰か来てくれ!殺しだ!殺しがあったー!」 「ち、違う!断じて違う!私じゃない!私じゃないんだ!」 「何が違うだ!頭からブルマをかぶっているやつの何を信じろというのだ! …あぁ、パトカーが来たか。連行だ!こいつを連行してしまえ!」  ”おまわりさんが来ています”、そのたった一言を伝えることができずに、 先生はパトカーで連行されてしまいました。 ……頭からブルマかぶってる人ような、誰がどう見ても怪しい人を信じろ、って…、 いくらわたしだって、さすがに無理ですよ先生。 「…えっと、君は…大丈夫、かな。立てる?」  どうやら、先ほどのおまわりさんが連れてきた婦警さんみたい。 パトカーで連行される先生を見送ったわたしは、彼女に肩を貸してもらって立ち上がり、 そのまま校門を出て家へと向かいました。 ―――「もう無茶苦茶じゃないですか夢野さん。原形とどめてませんよもう」 「…分かってたことだろ。みなまで、言うな。…空しいだけだ」 「夢野さん。佐藤さんがこっち見てます」 「睨み返せ」――― (カンナ・ナレーション))>>わたしの大切な友達はもう、いない。 頼りにしていた牧村先生は警察に連れていかれちゃった。わたしは…どうすればいいの? 冷たく乾いた北風は、わたしの問いかけを無視して足早に去ってゆく。 足に何か当たった。わたしはその小さな何かを拾い上げてみる。古ぼけたマッチ箱、みたい。 箱はぼろぼろだったけど、中には4本のマッチが入っていたし、こすって火をつける部分も無事みたい。 ふいに、一軒の廃屋が目に止まった。税金がどうとか維持費がどうとかで、 ずぅっと前から買い手もつかず、誰も住んでいない空家だった。 周りの人たちもみんな引き払っていて、近くには誰もいない。 わたしは廃屋に足を踏み入れ、4本すべてのマッチに火をつけて、床に投げつけた。 ほろぼろで木造建築の空き家に投げ込まれた火種は、乾いた風と合わさって、 もうもうと黒い煙を上げながら、ただひたすら大きくなってゆく。 意識がもうろうとしてきた。スカートも少し焦げてきたような気がする。 …アヤコちゃんのいない世界なんて、アヤコちゃんのいないわたしなんて…。 そのことばかりがわたしの頭の中でぐるぐると駆け巡る。 おとうさん、おかあさん、親不孝な娘でごめんなさい。 牧村先生。ずっと、好きでした。 廃屋を支えていた大きな柱が焼けて、びきびきと音を立てている。 煙のせいで息苦しくなってきたし、このまま柱に潰されてしまうのも悪くない。そう思えた。 手と手を重ね、目をつぶって柱が落ちてくるのを待つ。 「やめろおおおおおおおおおおおッ!」 「きゃっ!」  声が、聞こえた。聞き覚えのある声。 声に気づいて目を開けた瞬間、わたしは誰かに突き飛ばされ、 脆い廃屋の壁を突き破って、雑草の生い茂る裏庭に出た。 目を開くと、炎で赤く染まった夜の空、牧村先生がわたしを見つめていた。 「何を…何をやっているんだッ!」 「せ、先生…」  それ以上言葉が出なかった。わたしを突き飛ばした先生は、かわりに落下する柱をその背中で受けていた。 幸い、柱が古ぼけていたおかげで、押しつぶされることはなかったものの、火のついた大きな木片は、 先生の体に火傷と打撲による傷を残すには十分だったから。 「友達が死んで悲しいのもわかる。彼女が君にとって大切な存在だったのもわかる。 でも、いいや、だからこそ、君が死んで何になるんだ!何の意味もないじゃないか! …死んだってなあ、彼女に会えるわけでもないし、償いにだってならないんだ! わかって…くれるよな?カンナ君」 「せんせい…せんせぇえ」 「あぁ、泣かないで。ほら。これで涙をお拭きなさい」 「ありがと、先生。 …あぁ、なんだかとてもしっとりして気持ちイイ……!?って、こ、こ、これは」 「昨日の水泳の授業のあと、忽然と消えた、わ…、わたしのショーツ!」 「あ。ハンカチと間違って出してしまったね。すまない」  わたしは激怒した。この変質者に制裁を加えなければならないと決意した。 先生がわたしの顔に自身の顔を近づけた瞬間、ぐっと反動をつけて先生の顔に頭突きを叩きこんだ。 「”すまない”で済んだらニューヨークポリスデパートメントはいらねぇんだよォ!」 「おぉぉおおおおおぅうぅぅう」 先生の体が大きくのけぞる。自分の力で体を支え切れずに、仰向けに倒れこむ。 「先生…?先生!せんせい!どうしたの!?起きてよ!起き上がってよ!先生!せん…せ、い」  牧村先生は起き上がらなかった。 その顔には血色も生気もほとんど残っていない。わたしの顔から血の気が引いた。 「イヤ…、嫌!絶対に嫌だよ、こんな…こんな終わりかた、わたしは認めない!認めたくない! 先生!…先生!開けて!目を…開けてよぉ」  ものすごい鼻声。涙が目からも鼻からも止まらない。自分でなんて言っているのかわからない。 ただひたすら先生を揺する。先生の手をぎゅっと握る。可能性なんてもうないと分かっていながら。 …あきらめたくなかったから。 「うぐ…うぅ、うう」 「せんせい…先生!」  先生はうっすらと目を開け、わたしを見てくれている。 でも、生気や血の気がないのはさっきと一緒だった。いつ気を失うか分からない。 先生は、息も絶え絶えになりながら、必死に唇を動かせてわたしに何かを伝えようとする。 「きに…しないで…いい。こうなることは…わかっていた…から。私はね…持ってあと数日の命…… 君の…告白…な。あれ…断るつもり、だった。…君を悲しませるだけ…だったから」 「そん…な」  信じたくなかった。けど、目の前で力なく横たわる先生を見てしまった今、そのことを信じずにはいられない。 「自分が教えてきた生徒に…看取られて…か。…それも…悪くない。…ごめん、な………カンナ…ちゃん」 「せ…先生…、先生―――ッ!!」  先生はわたしの頭をなでようと手を伸ばした。応えるためにわたしも頭を近づける。 でも、そこまでだった。先生の腕は力なくだらんと倒れ、それ以上動かなかった。 …泣いた。ただ泣いた。泣くこと以外何もできなかったから。  先生の上着の内ポケットから、何かが落ちた。 わたしはあふれ出る涙を制服の袖でぬぐって、落ちたものが何か、確かめる。 「け…拳銃?」  床に転がっていたのは、上着の内ポケットにすっぽり収まるぐらいの小さな拳銃だった。 落ちた拍子に弾倉が開いたらしく、中に弾丸が5発入っているのが見える。 なんで先生がこんなものを?なんで6発入る弾倉に弾丸が5発しか入っていないの? …疑問をいくつか思い浮かべているうちに、わたしは”あること”に気付き、ぞっとした。 「まさ…か、まさか!まさか!…先生が…、アヤコちゃんを…?」  そう考えると6発入る弾倉に5発しか弾丸がないことにも納得がいく。 けど、理由は?そんなことを先生がした理由は? わたしも、アヤコちゃんも先生のクラスの生徒。 彼女にしたってわたしにしたって、それ以上の関係にはなっていないはずなのに。 なんで、こんなことになっているの? ―――「…いやぁ、つながりましたねぇ。とても面倒な方向に。 あの場面、右往左往先生の時は”血のついたハンカチをうっかり渡しちゃって、 カンナが先生の命がもう長くないことを悟る”重要な場面だったのに…」 「あぁ。あんなあさっての方向の三作品が、きちんと一本の線につながるとは、な。私も驚きだ」 「夢野さん、自分、褒めてないですから」 「あぁ、そう」 「…っていうか夢野さん、止めなくていいんですか?セリフ読むとき、みんな半笑いですよ。 途中、泣きの演技とかありましたけど、ときどきクスクス笑うのが聞こえて台無しに」 「いいんじゃないの?これを放送しようと思った時点で我々のキャリアも台無しなんだから」 「…デスク。佐藤さんが台本の次のページ見て、固まってます」 「紙とサインペン…、あぁ、紙は段ボールでもなんでもいいや。カンペ書くから」 「あ、自分が書きますよ。なんと?」 「”ナマなんであとはもう、アドリブでお願いします”とかなんとか」 「了解」――― 「―――そこまでよ!」  声が、聞こえた。…聞き覚えのある声。そして、もう二度と聞くことのなかった声……って、 「ア…アヤコちゃん!?うそ!なんで・・・!?」 「カンナ!その人から離れて!早く!でないと… あんたのブラ先生にとられちゃう!」 「はぁ!?…って、えぇぇぇええええっ」  何を馬鹿な、先生はもう…とアヤコちゃんに告げようとしたその瞬間、 牧村先生が、わたしの胸辺りに向かってわきわきと手を伸ばしている。 わたしは怖くなって牧村先生を突き飛ばして距離をとった。 「ひぃいいいいいいいい!…え、え、え…Xファイルだー!モルダー…じゃなかった、アヤコちゃん助けてぇぇ」 「死人が動いたぐらいで超常現象専門の捜査官を呼ぶんじゃないの。 ってか、先生死んでないし。あたしも死んでないし」 「っていうか、なんでブラなの!?おかしいでしょ?なんというか…この状況下で」 「そりゃあ普通じゃありえないけど、この先生よ?むしろ普通のことじゃない。 それにほら、あんたの近くに落ちてるそれ、よく見てごらんなさいな」  アヤコちゃんに言われてもう一度床を見た。拳銃が落ちている。 …けれど、落ちているのはそれだけではなかった。よく見ると、その斜め上あたりに、 薄いベージュ色で花柄のブラジャーが落ちているのに気づいた。 拳銃のインパクトと、火事が鎮火しつつあったこともあって、暗くてよく見えなかったみたい。 「でも、それにしたって…」 「ブラの話はとりあえず置いといて。それよりもっと重要なこと、あるでしょ?」 「…あ。あぁ。そういえばアヤコちゃん。なんで生きてるの?」 「…今更?……あんたが見つけたその拳銃、それ、偽物よ。 色を塗りなおしてあって本物っぽく見えるけど、中身はその辺で売ってるエアガンと一緒。、 まぁ、エアガンだし、頭に打ち込まれればその衝撃を気を失っちゃうけどね。 中に入ってる弾だって銃弾じゃない。トマトの水煮か何かをぐちゃぐちゃにして詰めたもの」 「なんでアヤコちゃんにそんなことがわかるの?」 「あたしが生きてることがその証拠。あと、本物か偽物かどうかわかるぐらいの知識はあるし」 「さいですか」 「遠くから私の頭をこれで撃って、あたしが気絶して、あんたが錯乱している隙に近づいて、 あんたから見えない角度であたしの制服をめくって…」 「……そんなアホな話が」  でも、そういえばあの時。先生がアヤコちゃんの体を抱き上げた時。 わたしからは先生が何をしているのか、よくわからなかったのはたしか、だった。 「実際にそこにあたしのがあるんだから、そうとしか言いようがないでしょ。 …言ってて恥ずかしくなってきたけど。ってか、あんたもあんたよ。気づきなさいよそれぐらい」 「ごめんなさい」 「で、あたしは少ししてから気がついて。気が付いたら近くの病院に運ばれてて、 警察や親や看護師さんたちが驚いている中、ブラがなくなってることに気づいて、ずっとあんたたちを探してたわけ。 …ほかに質問は?」 「ってことはアヤコちゃん。まさか今、ノーブラ?」  わたしを見るアヤコちゃんの目が鋭くなった。図星みたいだけど、人に触れられたくないことのよう。  わたしに突き飛ばされた先生が、ゆっくりと体を起こして立ち上がる。 アヤコちゃんは怒りと軽蔑に満ちた鋭い眼光で先生を威嚇しながら言う。 「先生。…逃げようとしたって駄目ですよ。病院から強引に抜け出してきたんだもの。 警察や親があたしのことを探してる。小さい街だし、このボヤさわぎ。そろそろ警察もこっちにやってきます。 …何か、言うことは?」 乙女の純情や貞操をもてあそばれて怒り心頭みたい。…その気持ちはわたしにも分かる。 「カンナ!この先生、ここまでヒドい変態だったんだ。 いや、それ以上に、あんたも悲しい目にあってる。殴るなり蹴るなり、好きにしなよ。 それぐらいしたって罰は当たらないし、あたしも見て見ぬふりしてあげるから」  アヤコちゃんはあごでわたしにそうするよう促した。 わたしは、少し考えたあと、先生のもとに駆け寄って、 「先生。あの、なんて言っていいかわからない。けど… わたしのこと…、どう思われてたんですか?」 「はぁ!?あんた、それ、今する話なの!?」 「アヤコちゃんは黙ってて!……先生?」  先生はためらうことなく言葉を紡ぐ。 「…大好き、だったよ。でなきゃ君やアヤコ君の下着に手を出そうなんて、考えなかった 「…ん?それって、…どういうこと?この人はあたしもカンナのことも好きで、 日常的に女の子のリコーダーの先っぽとかハンカチとかブルマとか盗んでいたわけで…つまり、女の子なら誰でも」  アヤコちゃんが何かぶつぶつと話していたが、そんなことどうでもよかった。その一言がずっとずっと、聞きたかった。 「そっか、そう、なんだ。・・・よかった。なら、話は簡単ですね。 わたしと一緒に逃げましょう、先生!」 「…はい?」 「何いいいい!?…カ、カカ、カンナ…!あんた、あんた、自分が何を言っているの分かってるの!? 先生は…いや、そいつは変質者よ!?変態よ!?女の敵よ!?なんで、なんでそこまで」 「アヤコちゃん。今日、教室で話したじゃない。恋に理由なんてないのだよ。 好きだから好き。好きだから告白したいと思ったの、って。 っていうか、わたしだってこの家に火をつけて火事を起こしちゃったし。無事じゃすまないし」 「そんな…アホな。カンナ、あんた…、あんたの男を見る目、絶対間違ってるから!」 「アヤコちゃん。アヤコちゃんはわたしの親友。大切な親友だよ。それはいままでもこれからも変わらない。 でも、でも…。恋に”もし”も”たら”も”れば”も、犯罪者かどうかもないんだよ!」  わたしは手元にあった銃を取り、シリンダーを閉じて撃鉄を起こし、引き金を引いてアヤコちゃんの眉間に打ち込んだ。 トマトの水煮を混ぜ込んであるという炸薬が破裂し、アヤコちゃんは仰向けに倒れて気を失った。 「さ、行こっ、先生!この銃声を聞いて、アヤコちゃんを探してた警察の人たちがこっちに来ちゃうし! わたし、車と家のカギぐらいなら針金一本で開けられるし動かせるから、 逃走用資金とアシの確保なら大丈夫だよ!昔そういう映画をたくさん見てて練習したもん」 「あぁ…うん。そうか、そうだな!何度も何度も捕まる生活にはもう飽き飽きだ! これからは日本全国をまたにかけ、いや、もっともっと、ワールドワイルドにいこうじゃないか! よし、行こう!いや、お供させてくれカンナくん」 「んもー、先生。そんなにかしこまらなくってもだいじょーぶ。もう、教師、生徒の間柄じゃないんだし。 ね?…牧村さん」 「…あぁ。行こう、カンナ。無限の彼方へ―――」 ―――アヤコちゃん。あなたは元気でいますか?わたしは元気です。 またいつか…、いつか、会えるといいな。………多分無理だけど。 ―――「終わり、ましたね」 「あぁ。…やったな」 「やり…ましたね」 「むしろそれ以外の言葉が見つかりません」 「夢野さん。……スタジオの前に何人か集まってきてます」 「だろう、な。…じゃ、ちょっと行ってくるわ。…声優さんたちのフォロー、よろしくな」 「さようなら、夢野さん」 「縁起の悪いこと言うなって言ったろ。…帰ってくるよ、いつか」  彼は、夢野三杉は振り返ることなく、ひとりスタジオを去って行った―――  …それから数か月後。 あらゆる意味で破天荒で、放送事故なのでは、とまでささやかれたこの番組は、 その公共の放送局らしからぬ破天荒さが、様々な層に大ウケし、口コミやインターネット等を中心に話題沸騰。 試しに行ったストリーミング配信は、回線が混雑してNGKのサーバーが停止するほどのアクセスがあり、 「輝け!持ち込みラジオドラマ大賞」は月一で特番が組まれるほどの一大人気番組となった。 スタッフはそのまま続投となり、変わらぬ制作体制が維持されることとなり、皆胸をなでおろしている。 ただ、かつてと違うことがふたつある。 企画の立案、進行、構成は「NGK」が一括でクレジットされるようになり、 この企画の大本の立案者は、現在消息不明である、ということだ。 ―――夢野 三杉の行方は、誰も知らない。 「…かーっ。なんだいなんだい。さんざん煽って期待させておいて。 この尻切れなオチはさぁ。こんなものを書いたやつの、こんな企画を通したやつの顔がみたいってなもんだ」 「お客さん。テレビ見て愚痴るのは構いませんが、せめて食べ終わってからしゃべったらどうです?」 「あぁ。すまないね親父さん。つい、熱くなってしまって」 「お客さん、確かそこの放送局の…」 「あぁ、放送作家をやってる。…っつってもフリーランス。雇われ、だがね。 今回の企画、ちゃんと成功させにゃあ、こっちとしてもおまんまの食い上げになっちまう。 親父さんの作るチャーシューメンが食えなくなるのはとても困る」 「それは弱りましたなぁ。そうならぬよう、成功を祈っとりますよ。ベテラン放送作家殿」 「言うは易し。行うは難し、ってかァ。まぁ、やるだけやってみまさぁ。…っと、失礼。 …もしもし〜?あぁ、もう打ち合わせの時間?うん、うん。…すぐ戻る。原稿用意して待っててくれな」 「はぁあ…………」 「ん?何か言ったか、親父さん。…おぉっと、これお代。ごっそさん!」 「い、いいえ、何も。……ありがとうございました。またどうぞー。 ……ふぅむ」 ―――明日は我が身、か…
これを書いている間じゅうずっと「これは本当に面白いのか?」と自問自答していたイマジンカイザーです。 なんだかんだで半年近く物書き作業から離れてしまっていたため、リハビリを兼ねて、 短く、スパッと終われる短編ものにしてみました。構想含む製作期間3週間強の突貫工事モノ。 本当は「勘違いで自分を銀行強盗だと思いこんだ青年と、そのことを伝えにきた女性警官とのひと悶着」、 「強面だが気は優しいボディーガードと、女装の人気チャイドルとの簡単なコメディ」 みたいなものも考えていたのですが、最終的にまとまったのはこれだけでした。 自分はなんだかんだでこういうコメディの方がやりやすいみたいです。 今回は自分で自虐するぐらいまとまってんだかどうだかわからない感じになりましたが… 余談。 回文を登場人物の名前に据えると覚えやすいことがわかりました。 今後はほとんどの登場人物の名前を回文にしようかしら。思いつけば、だけど。 小説置き場に戻る
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