ヘルメットバトラー フルフェイスマン
「分かるな?…つまりお主にも、『奴らと戦う義務』がある、という事じゃよ。…協会に入会する、しないに関わらず…な。」
「まぁ…まだ病み上がりで苦しいじゃろうて。返事は当分待とう。…どうせまたすぐにでも会うのじゃからな。」
………意味分かんねぇ。それに何でオレがそんな事をしなきゃならねーんだよ。
そもそも『ヒーロー協会』って何だってんだ。…あんな軍人じみた野郎みたいなのがたくさんいるってのか?
…それだけでもう法に触れると思うんだけどなぁ……。
「…おい!何ぶつぶつ言ってるんだよ!お前もちゃんと手を動かせってば!」
「ん!?あ、あぁ…。そ、そうか。そうだったな…。」
あの戦いから3ヵ月後。…火事で焼けた校舎もようやくある程度元通りになり、
やけどがものの数ヶ月で治ったり、やけどのほかに様々な傷が出来ていたことには
医者はみな首をかしげてはいたものの、雅浩の怪我も完全に治癒したので退院し、雅浩はいつもと変わらぬ学校生活に戻っていました。
しかし、あの非常時に勝手な行動をとったことを担任の先生にとがめられ、
雅浩は、校舎裏の草むしりをやらされていました。しかし、"病み上がりだし、一人だとしんどい”と嘆願したのが効いたのか、
ナナミと五十嵐が一緒に草むしりを手伝ってくれているようです。
「でもさ、でもさ。ちゃんと退院できてよかったね雅浩。あたしなんて一時はどうなるかと…。」
「そうだな、確かに。…お前が毎日のように持って来るお見舞いの茶菓子や、センスが良く分からん服攻めに遭わなくて済むと思うとな。それに…」
「それに?何?」
「…あ、いや…なんでもない。」
「あぁ、としゆき…!なんて事……!!」
「申し訳ございません。…あの時電気が止まってしまい、手術を中断せざるを得なかったのです…。
我々も精一杯手をつくさせていただいたのですが……。」
「おぉ、神よ!なぜとしゆきに…このような仕打ちをなさるのですか!この子が何をしたというのですか!
この子が…としゆきがいないこの世界なんて…。」
「奥様!落ち着いてください!」
「離してください!私もあの子の側へ行かせてください!」
……………あれから退院するまでずっと、停電によって起きた死者、そして、それを悲しむ親族の顔を嫌と言うほど見た。
胸クソ悪いったらありゃしない。…オレのせいで…あんな事が起きたかと思うと…………。
「…ねぇ雅浩。本当に何もないの?」
「な、なんだよ。」
「だってさぁ、何かいかにも『何かありましたー』みたいな、陰のある表情してるもん。」
「ば、馬鹿言うな、あるわけないだろう!それはそうとお前…こっちが動けないからって好き勝手やりやがってからに!
お前のせいで入院中茶菓子の処理で看護師の人らにどれだけうだうだ言われたか分かってるのか!?」
雅浩は声を荒げてナナミに言いました。
「むー!よく分からんセンスって何さ!あたしは雅浩に似合う服を、って思って…。」
「あのなぁ、入院してるのに服なんぞ押し付けられても意味ねーよ!どうせ入院患者の服しか着ねーんだし。
お前のせいでオレの洋服タンスがなんかヤバいことになってんだぞ!責任取れよ!」
「いいじゃん!雅浩めったに服買わないんだから、この機会に服増やしちゃいなよ!」
「知らねーよ!お前の指図なんて受けてやるもんかばーか!」
「んなーッ!!」
ナナミと雅浩は割とどうでもいい話で口論になってしまいました。
事態を収拾しようと、五十嵐が二人に声をかけます。
「あの、おーい?…だから、手を動かせって…これを終わらせないと帰れないぞ?それにナナミ…論点ずれてるし。」
「う………。しょうがねぇな…今日もヨロシク仮面を見なきゃならねーし…………んん?」
「……?どーした、雅浩。」
雅浩はぶつくさ言いながら草を引き抜きました。しかし、その草には何か違和感がありました。
抜いたとき”ぬちょっ”という音がするわ、触った感じはやたらぬるぬるぬめぬめ。
そして刺すような臭気。…雅浩は少し嫌な感じを覚えつつもその草を凝視しました。
「………………こっ、これは………こんぶ!?いや、わかめ!?」
「…はぁ?」
「ちょっ…これ見ろよ!なんかぬめぬめしてるから気になってよく見てみたら…こんぶが土の中に埋められてるぜ!」
「はぁ?何で雑草にまぎれてそんなものが埋まってるんだ?あるわけないだろ、そんなこと。」
「そう言うなら…お前がさわってみろよ、ほらべちゃっー!」
「ううっ…!な、何するんだよ!…うえっ、ねちょねちょして気持ち悪い…それに…臭い!!
う、うわあああああああ!!き、気持ち悪い気持ち悪い!!し、しかも張り付いてとれない!!
と、取って!取ってくれええぇええええええええ!!」
「さて、茶番はこの辺にして…なんでこんな気色悪いもんが埋められてるんだ?この校舎裏。」
「雅浩。五十嵐君はいいの?」
「あー、ほっとけほっとけ。そのうちなんとかするだろ。それよりもなんで………え?」
「どしたの……ううっ!」
雅浩はこんぶを引き抜いた近くの土の辺りを見て驚きました。何せそこには…
校長の(秘密)菜園と書かれ、レンガで他の雑草と敷居がされていたからです。
「な、なんじゃこりゃ……!!」
「こ、校長先生の畑…なんだよね、多分。」
「は、畑ェ!?ば、馬鹿…お前、畑にこんぶ埋める奴がどこにいるよ……。これはアレだろ、給食の残りをこっそり棄てるための……。」
「そんな話聞いたことないよ。それに良く見ると…他にも色々埋めてあるよ。
ほら、あっちの赤色のは赤唐辛子の苗、こっちのは…うわ!カカオ豆埋めてある!」
「カカオまめぇ?何だそりゃ。」
「知らないの?ほら、チョコの原料の…。」
「あぁ。…大体分かった、けど!ど、どうなってやがるんだこの学校の校長は!こんなもの埋めて何をしようと…
あっ、ヤベぇ!今のいざこざで校長の畑(らしきもの)がぐちゃぐちゃになっちまった!」
「あっ…。ど、どどどうしよう雅浩!?」
「当然!言われなくてもスタコラサッサだぜぇ〜!五十嵐を置いて!」
「そ、そうだね!…五十嵐君、ごめん。」
「ちょっ…ま、待ってくれよぉ!!うあああ気持ち悪い…!!」
ナナミと雅浩は、ぬめぬめしたこんぶに苦しむ五十嵐を置いて逃げ出しました。しかし…。
「悪いな五十嵐!お前が全部罪を被ってくれや…いてっ!」
「あ…ご、ごめんなさい…。」
雅浩は後ろを見ながら走っていて前を確認していなかったので、前にいた人にぶつかってしまいました。
ナナミはぶつかってもいないのに謝り、雅浩はほこりを払ってぶつかった人の顔を見ます。
「痛ってーな!どこに目ぇつけてんだ!」
「いや、雅浩…それぶつかった人間のいう事じゃ…あ、あぁああ!」
「どうした……?」
そこに立っていたのは、頭がはげ、きゃしゃな体つきの80歳ぐらいはいってそうな老人でした。花壇のほうを見てぷるぷると震えています。
「わ、ワシのこんぶが…カカオが…赤唐辛子が…ぐちゃぐちゃに………!
お、お主等!何をしておるか!!!ゆるさぬ!絶対にゆるさぬぞ!学年と組と名前を言え!言うのじゃ!!」
老人は荒れ果てた花壇の惨状を見て、完全に怒り、雅浩達を叱ります。
「う、わああああああ!!ご、ごごごめんなさい!つ、つい出来心だったんですぅ!!」
「ご、ごめんなさい!」
「…あぁ?こんなものを雑草の生えそうな場所に埋めるから悪いんだろ?オレは謝んねーぞ!」
「ま、雅浩!校長先生に向かって何言ってるんだ!まぁ言ってることは分からなくはないけど…。」
「『こうちょう』?…へぇ、このじーさんが…ね…ぇ………え、えぇえぇえ!?」
「む。…お主は……。」
そこに立っている老人が”校長先生”だと知った雅浩は、改めてその老人の顔を見ます。
そしてその顔を見て驚愕しました。なにせそこにいた老人、昆布学園の校長は……。
「お、お、お、お前…お前は…!!あのときのじじい!」
「………。」
校長…頑道 恭介は何かを考えながら雅浩の方を見ていました。不思議に思った五十嵐は雅浩に尋ねます。
「え?雅浩、校長先生と知り合いなのか?」
「あぁ?知り合いもなにもあいつ…。」
雅浩がそういいかけた途端、頑道はそこに割って入って口を挟みます。
「お主。…お主じゃよお主。いっちょ前に生意気な口をきく…。」
「お。オレ?な、何だよ?」
「お主…この草むしりが終わったら、校長室に来るのじゃ。…分かったな?口答えは許さぬぞ。」
「む………。わ、わかった。」
「うむ。…今回の事は…不問、ということにしといてやろう。おぬし達も知らなかったわけじゃし…。
これからは気をつけるのじゃぞ。」
「は、はい……。」
頑道校長は、それだけ言うと、また校舎の方へと戻ってゆきました。
「た、助かった…。」
「ほーんと。クラスとか聞かれるほど怒ってたもんねぇ。…でも大変だね雅浩。今から校長先生のところに行かなきゃいけないんだっけ?」
「大丈夫なのか…?まさか、今の事を全てお前にの責任にするつもりじゃあ…。」
「いや。…それはないと思う。」
「………?」
ヘルメットバトラー フルフェイスマン
第五話”この世の中に絶対安全な乗り物なんてない”
それから数十分後。なんとか草むしりを終えた雅浩は、一人校舎1階の奥にある校長室へと赴きました。
すでに日もずいぶんと落ちた夕方で、ほとんどの先生は帰るか、職員室にいる程度で、
校長室周りには誰もおらず静まり返っており、雅浩の足音だけが廊下に静かに響いていました。
雅浩は校長室の扉の前に立つと、一回深呼吸をして、扉をノックします。
「しつれいしまーす。」
「お。来たか。…どうじゃ、傷の具合の方は?」
「…おかげさまで。あの軍人野郎に喰らった傷も含めて完治したよ。多少跡は残ったけどな。」
「ほっほ。それは良かった。」
「で、わざわざオレを呼び出しといて何の用だよ。あのなー、早く帰らないとヨロシク仮面始まっちまうんだよ!
今日は敵幹部との戦いが大詰めで鬼気迫る展開なんだよ!録画してないからさっさと帰らないと…。」
「ふむ。まぁしょうがないかの。とりあえず掻い摘んで話すとしようかのぉ。
まず最初に、お主には正式に我ら『ヒーロー協会』の一員となってもらう。それの同意の確認を、と思ってな。」
それを聞いた雅浩は、はぁ〜、とため息をついて答えます。
「や、やっぱりか…。断るっつってもダメ、なんだろ…?」
「そりゃあ、もちろん。…お主のその力を野放しにしておくわけにはいかぬし。…しかし、不思議な反応をするのぉ、お主。
ワシらはお主の知る、尊敬する所の「ヒーロー」なのじゃぞ?その一員になれるというのに、うかない顔をしおって。」
雅浩は、苦虫を潰したような顔をして、少し曖昧気味に答えます。
「いや、それは…そうなんだけどさ。…なんつーかなぁ?なんかイメージしてたのと違う?つーか。
…そう、あれだ、あれ。『ようやく欲しいゲームが手に入ったから、早速遊んでみるものの、買う前よりもドキドキ感が薄れた』…みたいな。」
「よく分からない理屈じゃのう。」
「それはそうと、その『ヒーローきょうかい』って、具体的に何すんの?…マジに世界平和のために動く組織だったりするのか?」
「ふむぅ…、そう言われると、合っているような合っておらぬような…微妙じゃな。
やることは以前話した通り。何者かが生産している改造人間…『サイボーグ』を殲滅し、人々の安全を守る有志の組織じゃ。
とりあえず警察よりは地位が高く秘匿性もあり、かといって自衛隊のような大部隊で訓練やるとかそういうものではない、のぉ。」
「ふぅん…。じゃあさ、そのサイボーグってのがいないときはどうするんだよ?」
「いなかったら?そりゃまぁ…やることがないのぉ。それはもうどうにもならない、できないというぐらいに。
一応任務を終えれば協会本部から給付金がくる仕組みにはなっておるが…、それだけじゃあ生活できないのが普通じゃからな。
大抵のヒーロー協会員は副業でいろいろやっておるやつらばかりじゃよ。…かくいうワシも校長とヒーローの兼職じゃし。」
「はぁ?なんだよそれ。さえねーなー。もーちょっとさー、かっこいいこととか、そういうのないわけ?」
「ない。ま、現実なんてそんなもんじゃよ。…とりあえずこの話はこの辺で切るとして、次の話に移るぞ。
…実はの、ヒーロー協会にはいくつかルールがあってのぉ、それを守らないとキチンと活動ができぬのじゃよ。」
「ルール?なにそれ。」
「まず一つ。…協会上層部、及び上官の命令は絶対。ま、これはどの世界でも当たり前のことじゃな。
そしてもう一つ。これはこの協会独特のルールなのじゃが…。一つの部隊の人数は、3〜5人以上必要なのじゃ。」
「…おぉ、なんだあるんじゃん、なんかこう…戦隊ヒーロー的な何か!」
何人かで戦える、と聞いた途端、雅浩の目はキラキラと輝き、身を乗り出して頑道に聞きます。
「まぁ…のぉ。じゃが、おぬしの考えている徒党を組む、というのとは大分違うじゃろうが。
ワシらヒーローに求められておるのは、敵の殲滅、そしていかなる場合でも生還することじゃ。
そりゃあ敵に勝つのは当たり前じゃが、それで相打ちになっては元も子もなかろう。ただでさえ有志で素質のある者を選出しておるのじゃから、
動けるヒーローの数が減るのは人道的にも協会的にも都合が悪い。だからこそ、仲間が必要なのじゃよ。
仲間がおれば死亡の確率は確実に減らせるし、何より敵の殲滅にも多人数の方が都合が良い。」
「……なんかすっげー事務的な話だなぁ。燃える要素が欠片もねぇ。むしろ冷めた。」
しかし、自分の考えている事とのギャップに、雅浩はガッカリして後ろに下がり、壁に寄りかかりました。
「そんで?…何すんの?」
「しかし…この街にはそんなヒーローはおらぬ。これでは部隊の創設は不可能じゃ。
そこでじゃ…ワシの知り合いがいる『八重県』に行き、そこから何人か連れてくるのじゃよ。…この街に。」
「『八重県』!?八重県ってぇと…禁忌(きんき)地方の中でもあんまり目立たない、あの?」
「そうじゃ。しかし、目立たないとか言いつつ、意外と知っておるんじゃな、お主。」
「まぁ…色々あるんだよ、いろいろ。」
「まぁ、それはそれとして…明日は土曜。ワシもお主も学校に縛られる事もない。迎えに行くには絶好の日和じゃ。」
「そうだけど…って、何!オレも行くのかよ!」
「当たり前じゃ。顔合わせじゃよ、顔合わせ。…ワシとお主と、そして……」
頑道がそこまで言いかけた途端、突然天井のタイルがガタガタと揺れ始め、そのうちの一つがばたーんと落ちてきました。
そして、その中から誰かが顔を覗かせます。
「……俺だ。」
「う、うわぁああ!!お、お、お前は!…あの時の軍人野郎!」
そこから顔を出したのは、以前雅浩に戦いを挑んだ逆刃でした。長い黒髪が重力に従ってだらーっと垂れ下がっています。
逆刃は一旦天井の中に顔を戻した後、足からすっと降りてきました。
「よ…っと。」
「て、て、て…てめぇ!なんでウチの学校の屋根裏にいたんだよ!?忍者か?忍者か?お前軍人じゃなくて忍者なのか!?」
「…俺だって嫌だが、隊長たっての望みだ。お前と一緒の隊に入ることになった。とりあえずよろしく、と言っておく。」
「おい、オレの話を体よく無視すんな!なんで天井に……。」
「まぁ、細かいことは良いではないか。」
「いや、よくないだろ!それに、300歩譲ってよかったとしても、お前!お前学校とかはないのか!
どう見たってお前も学生だろ?高校か中学かは別としても!」
「あぁ、そんなことか。…俺は軍学校で既に、義務教育の教育課程及び、高校レベルの学業は全て終了している。
ただの中学生のお前とは頭の出来が違うのだ、あ・た・ま・の・な。」
「な、何だよそれ!ありえねーだろ!嘘ついて見栄張って自分の方が上だって見せようとしてるんだろ、その手には乗らねーぞ!」
「何だと!貴様、俺を馬鹿に…」
雅浩は逆刃のありえない学歴に怒りました。何か変な方向に進んできたなと思った頑道は、手を叩いて二人の制止にかかります。
「こらこら、その辺にしておくのじゃ。…こやつのい言っておることに嘘はない。おぬしの気持ちは分からなくはないがの。
とりあえず…伝えるべきことは以上じゃ。では、明日の10時頃、東都駅西口に集合じゃ。では、解散!」
「え…ちょっと待て。もう終わりなのか?」
「なんじゃ?ワシはお主が見たい番組がある、と言うからちゃっちゃと終わらせたのじゃが……。」
「あ、あぁ…そうなの?それはよかった………じゃな!」
頑道の一言でヨロシク仮面が始まることを思い出した雅浩は、引き戸をがーっと開けてどたどたと走りながら出て行ってしまいました。
それを見据えながら、逆刃と頑道が話をします。
「…隊長、やつで本当に大丈夫なんでしょうか?あれはまだまだ子ども…。」
「まぁ、大丈夫じゃろ。そういう事を言ったらお主とてまだ子どもじゃし、力の方は戦ったお主自身がよく知っておるのではないのか?」
「……ッ!」
逆刃は少しばつの悪そうな顔をして、その後こう付け加えます。
「…俺が子どもなのは認めます。しかし!あれは…あの時は俺の不注意です!やつなど…。」
「みっともないぞ、言い訳は。…この世界において重要なのは、なんじゃ?」
「敵に勝つ…こと、です。」
「そうじゃ。…そういう意味ではやつは運を味方につけたと言える。それもまた強さのうちじゃと、ワシは思うがのぉ。」
「………………。」
「ところで…さっきはあえて聞かなかったが、お主、なんで屋根裏なんかにいたのじゃ?」
「……………聞かないで下さい。」
*
雅浩の住む東都立広(たちひろ)市から、電車に乗って一時間弱。集合時刻10時の5分ほど前に、雅浩は東都駅に着きました。
「はぁ…はぁ…な、なんとか着いたな…!普段電車なんて乗らねーからワケが分からなくて困った…。
で、何処に集まらなければいけないんだっけ?……………あぁ、あそこ、か。」
雅浩はどこに集合するか、キチンと聞いておらず、あたりをきょろきょろと見回します。
すると雅浩の目に、西口の改札前付近でうろうろしている緑色のコートに、緑のベレー帽を被った男が、彼の視界に入ってきました。
彼を見た通行人たちが、ひそひそと話しているのも見えました。
「……なんだ、やっと来たのか、遅いぞ。…ヒーローたるもの、集合時間30分前行動は基本中の基本だろうが!」
「それはデートの機微とかなんじゃねぇの?…したことないから分からねーけどさ。
つぅかお前、そんな事公衆の面前で堂々と言ってて恥ずかしくないのか?あとその場違いな服。」
「…ぐッ!そ、そういうお前こそ……バッグからはみ出るほどの何かしらのフィギュアはどうなんだ?えぇ!」
「こっ、これはだな…ウチに置いといて盗まれるのが怖いだけだっつーんだよ!悪いか!
あとこれはただのフィギュアなんかじゃねぇ!これはヨロシク仮面の限定の…」
「悪いわ!かさばるし、そもそもそんな発想が出てくる事自体ワケが分からん!」
「うるさいな!だったらお前こそ…」
「なにおう!」
「ねぇママー、あのお兄ちゃんたち、なんでケンカしてるのかなー?」
「しっ!ダメよあんなの見ちゃ。」
「やるか、この!」
「おぉ、やってみやがれくぉの……。」
「こら、こら。…やめぬかお主ら。公衆の面前でケンカなど……。」
「…あ、校長、校長じゃねぇか。」
「た…隊長!し、失礼しました!」
二人が今まさに殴り合いをしようとした瞬間、ようやく頑道がその場に到着し、彼らをいさめました。
「うむ。これで全員揃ったな。…それでは、行くとしようかのぉ。」
「…おい、ちょっと待て校長。なんであんたの方がオレらよりも遅く来たのか、それについての説明がまだだぜ!
普通こういうのって、言いだしっぺが一番先に集合場所で待機しているもんだろ!」
「すまんのぉ……、少し支度に時間が掛かってしもうてな。」
「…?支度って何さ。別にいつもと変わらない気がするんだが」
「まぁ、それはそれ。これはこれじゃ。…おう、どうやら電車も来たようじゃしな。」
「あ、おい!人の話を…」
ごごごごごごーっ。大反(おおはん)行きの列車が東都駅に到着したようです。
頑道は雅浩の言葉をさえぎり、乗り場へと向かいます。二人はとりあえずそれに続く形でついて行きました。
大反行きの列車は、東都から大反までを2時間半ほどで行き来できる”あずま”。流線型で、少し青いカラーリングのちょっとイカした新幹線。
最大時速300Kmもでるというのに、16両も連結しているという、鉄道関係のことを詳しく知らない人からすれば、
ちょっとびっくりな新幹線です。
「おぉー。これで八重県まで行くのかー。なかなか面白そうではあるなー。」
「…まぁ、実際は違うがのぉ。途中で乗換えじゃ。」
「ふん。…何をはしゃいでいる。ガキだねぇ、まったく。」
「なにおぅ!」
「ほっほっほ…まぁよいではないか。…たまにはそういう気分というのも。…うぅむ。
ちと小腹が空いたのぉ…お主、何か持っておらぬか?」
「…?あ、おい、こら!何人のポケットをまさぐって……。」
頑道は雅浩の話をさえぎり、突然雅浩の上着のポケットを漁りだし、中に入っていたチョコのようなものを奪い取りました。
「すまんのぉ。少し腹が減っておってな。むしゃり。」
「い、いや…別にどうでもいいんだが、それ…とっく消費期限過ぎてるんだが…」
「ほっほっほ…そんなもの別に気にする必要は…………………………うぐっ!」
「!!た、隊長!どうなさったのですか!?」
「…………やはりそうなったか。…早い所処分しておくべきだった、か。」
「おい、お前!なんでこんなものを持ってるんだ!」
「さ、さぁな〜…(そーいや、ナナミのやつが持ってきた茶菓子、いくつか食わないでポケットの中にしまいこんでたんだった…。
いつか非常食になるかなーって。…言わないでおくか。)」
頑道は雅浩から奪い取ったチョコを食べてすぐ、腹痛により地に伏してしまいました。…消費期限が二ヶ月も前に過ぎていて、
かつ、ずっとポケットの中に入っていたものを勝手に食べたのですから、当たり前と言えば当たり前なのでしょうが。そもそもいやしいですし。
頑道は力を振り絞って立ち上がり、数十メートルほど先にあるトイレを目指してよたよたと歩き出しました。
そのおぼつかない足取りを見かねた逆刃は、頑道の体を支えて一緒にトイレへと向かいます。
「うぉ…おぅ。おうぉ……!負けん、こんな事で負けて…たまるものか!ワシは…ワシは…歴然の……。」
「隊長!しっかりしてください!たかが腹痛でそんな…。ほら、自分が支えてますから!」
「…変なやつら。」
頑道は腹痛のあまり、何か変な事を口走っています。雅浩はそんな頑道を、はぁ、とため息をつきながら眺めています。
「よし、あと…すこし…あとすこしじゃ………。」
逆刃に支えられ、ようやくトイレまであと数メートルと言うところまで近づいた頑道でしたが、そこで思わぬハプニングが起こりました。
じりりりりりりりりり。…まもなくー、大反行きの列車が発車いたしまーす。
「あ!もう発車するっぽいぞ!…だったら。」
「…あっ!お、おいお前!待て!」
雅浩は、腹痛に苦しむ頑道と逆刃を見捨てて、先に新幹線の中に乗り込みました。
逆刃は少し考えた後、頑道の方を振り向いて、こう言いました。
「………ッ!!も、もうしわけありません隊長!自分も先に行きます!」
「ちょっ…お主!あぁ……………う、うげぇ!!うげぇああ」
逆刃が手を離した瞬間、頑道は地面に倒れてしまいました。普通なら簡単に起き上がれるのですが、
腹痛で苦しむ頑道は、もはや自分で立つ事すらままならず、ただ痛みにもだえ苦しんでいたのでありました。
「ママー、あのおじいちゃん、ゆかでおねんねしてるよー。ぼくもごろごろしていいー?」
「…ダメ。」
「えー。」
…ちなみに、頑道は数分後、駅員さんの助けを借りつつ、なんとかトイレで用を足す事が出来たことを付け加えておきます。
*
ぐおおおおおおおーっ。新幹線あづま号は大反を目指して進んでゆきます。
雅浩と逆刃は、指定された席を探して最初に乗った、最後列の16号車から12号車まで進んでいました。
「なんだよこれ、オレ達の席、10号車じゃねぇか!何で最後列ん所で待ち合わせだったんだ!?」
「そう文句を垂れるな。隊長も何か考えがあって…。」
「あるわけねーだろ!わざわざ6号車分も歩かせる事に何か意味があるってのか!ないだろ!まったく…適当な事を言いやがって…、…痛ッ!」
そんな事を言いつつ、雅浩は11号車の自動ドアの前に立ち、並んで歩いている逆刃に愚痴をこぼします。
しかし、そこで前を向いていなかったのが悪かったのか、雅浩はそこから出てきた人とぶつかってしまいました。
その人は雅浩よりも一回りほど大きな男で、茶色かかったドレッド髪に、鼻に指輪ぐらいの大きさの鼻輪をつけており、
”ギタリスト魂”と書かれた不思議なセンスのTシャツを着ていて、靴が見えないほどだぼだぼのズボンをはいている、
今風なんだけど、なんか普通からずれたちょっと、いや、かなり変な男でした。
そして、ぶつかった後に気づいたのですが、その後ろには彼女らしき女の人がいました。
「健ちゃーん、だいじょうぶー?」
「…痛ててて…あっ、あぁっ!!」
「痛ってーな…この……ん?」
「あ、あぁぁ…あぁ…!!お、オレの命と彼女のアカリの次に大切な…『ギタリスト魂』のTシャツに……アイスがべっとり……!!」
どうやらその男はアイス片手に持っていたようです。雅浩とぶつかったことにより、持っていたアイスがTシャツについてしまったようです。
Tシャツにはストロベリーの色と香りがしっかりとなじんでいました。
「こ、こ、こ、この…クソガキ!な、なんてことしやがる!!」
「な、なんだよ!お、オレは悪くないぞ!そっちが勝手に向かってきてたんだろ!」
男は怒り、雅浩に食って掛かります。しかし、雅浩の方も譲りません。すると…。
「この…ガキのくせに生意気な!この!」
「ぐ…っ!!」
ばごっ! 雅浩は男に腹部を殴られてしまいました。雅浩の顔が苦痛で少し歪みます。
「…!!お、おい大丈夫か!?」
逆刃は殴られて後ろによろける雅浩を支えます。
「ちょ、ちょっと健ちゃん、気持ちは分かるけど、殴るのはまずくない?」
「るせー!オレのお気に入りTシャツをこんなにしやがって!謝れ!」
男は激昂し、彼女のいう事も聞きません。そんな中、雅浩はよろけながら言います。
「…い、嫌だね!オレは何も悪くない!」
「この…ッ!」
男は雅浩の一言でさらに怒り、殴りかかろうとしました。しかし、そこで雅浩を支えていた逆刃が割って入ります。
「………もうこの辺で止めておいてもらえませんか。こいつが謝らないようでしたら、変わりに俺が非礼を詫びます。」
「あん…?お前もこいつの仲間か?…おらっ!」
「ぐ…っ。」
「!!!」
なんと、男は詫びようとした逆刃をも殴りつけたのです。左の頬を殴られた逆刃はよろけ、地面に片膝をつきます。
それを見て気をよくしたのか、男は抑揚を上げて言います。
「…これでその侘びの分にしといてやるよ、時代錯誤な格好のアンタ。…いいか、二度とやるんじゃねぇぞ!分かったな!」
逆刃は体を起こすと、彼の方を向いて一礼しました。
「……ふん。」
「あ、あの…ごめんなさいね。健ちゃん、こんなで…。」
「アカリ!あんなやつらにこれ以上関わるな!行くぞ。」
「………。」
二人は、12号車の方へと歩いてゆきました。雅浩が逆刃に声をかけます。
「……おい軍人!何やってるんだよ!あんな奴になんで謝ったりなんかするんだ!」
雅浩は自分が殴られたことも忘れ、逆刃の取った行動について聞きました。逆刃が答えます。
「痛って。…お前の言い分は正しい。確かにお前は悪くない。あいつはムカつく嫌な奴だ。」
「だったら…なんで謝る!」
「…まぁ、お前の気持ちも分からなくはない。…ほらよ。」
逆刃はそういうと、雅浩に透明なピアノ線のようなものを手渡しました。
「何だ、これ。」
「…ちょっと引っ張ってみな。そしたら分かる。」
「引っ張る…ねぇ。そらっ。」
雅浩はピアノ線をぐっと引っ張りました。すると…、
「………痛てっ!!打った!鼻が痛てぇえええええ!!」
「ちょっ…健ちゃん、どうしたの!?」
「わ、分からねぇ…突然こけて…あ、ぁぁぁぁあああああ!!ま、またTシャツにアイスが…!!」
雅浩がピアノ線を引っ張った瞬間、さっきの男がバランスを崩して転んだのです。
雅浩はそれを見てポカーンとした後、逆刃に聞きます。
「…お前、何をした?」
「…さっき殴られて、地面に片膝ついたとき、コートの中に仕込んでいたピアノ線をあいつの足に巻きつけてやったのさ。
本当は謝って済ますだけにしたかったんだけどな、あんなことされて黙ってるほど俺も人間が出来てるわけじゃないんでね。」
「………………。」
「それと、さっき言ったな。『なんで謝るんだ』とか何とか。簡単なことだ。
ヒーローが、守るべき人民と不益なトラブルを起こすわけにはいかない。トラブルを起こさないためには、こっちから退くのが一番。
まぁ、結果こうなったわけなんだが……。」
「………………言ってることとやってることが違いすぎだろ。」
「そうだな…。今度からは気をつける。」
「…………。」
雅浩は逆刃の言っていることにムジュンを感じながらも、一応気分は晴れたので、それ以上言及しないようにしました。
そして、彼らは10号車、J6、J7という座席に座ります。
10号車の中は、週末に旅行に出かける人々でごった返しており、ほとんど満席でした。
もしも指定席を彼らが取っていなかったなら、多分座る事は出来なかったかもしれません。
「…あぁ、ここだここだ。やっと着いたな。」
「あっ、この6番の席、外の景色が見えるじゃねぇの!…オレがそっちに座るんだからな!」
「…好きにしろ。」
雅浩は外の景色が見える窓側の席に座りました。逆刃はふぅとため息をつくと、その隣の席に座ります。
「おぉー。山とかが見えるー。すげー。」
「(なんでこんな奴と合席なんだ……?)ふぅ。」
逆刃ははしゃぐ雅浩をうっとおしく感じながら、彼と逆の方向を向いてまたため息をつきました。
しかし、雅浩がはしゃいでいたのは、ほんの数分ほどで、彼はすぐに景色を見るのをやめ、持って来たバッグの中から、
何か本を取り出して読み始めました。最初は別に気にならなかったのですが、
数十分ほど熱心に本を読んでいる雅浩の事が少し気になったのか、逆刃は彼に話しかけました。
「…おい。」
「ん」
「それ…何を読んでいるんだ?小説か?」
「馬鹿言え。オレがそんなものを読むはずがないだろう。マンガだ、マンガ。
…景色?あぁ、もう大体見たし。そんなずっと景色ばっか見ててもつまらないだろ?」
「(それは誇るようなことじゃないだろう)…なんでそんなものを読んでいる。」
そう聞かれた雅浩は、少し目を輝かせて彼に言います。
「おぅ、良くぞ聞いた!何を隠そうこれは、『必殺技の研究』よ!」
「ひ、ひっさつわざ……!?」
それを聞いた逆刃はあきれました。雅浩ははつらつとした口調で続けます。
「いやさ、別になりなくなかったけど、オレも一応ヒーローになったわけだろ?だからさ、だからさ、
必殺技の一つでもないとカッコつかないって思ってよ!どうせやるなら楽しまないとな!はは!」
目を輝かせてそう語る雅浩に、逆刃は一層深いため息を一つした後、彼にこう答えます。
「…まぁ、お前のような奴に戦闘の機微を分かれ、なんて言っても無理なんだろうが、もう少し大人になったらどうだ?…っていうかなれ。
これから先、そんな甘い事を言っているとお前は…死ぬぞ。俺達は命を掛けて戦っていることを忘れるな。」
「なんだよ!いいじゃねぇか必殺技があったって!必殺技の一つでもないとカッコつかないだろう!
それにな、何をするにしても何かを叫んだ方が能力が向上するって、どっかの統計に……。」
「…はぁあ。……まったく、隊長はこんなやつを本当に……。」
逆刃は雅浩の楽天的な思考にすっかりあきれてしまいました。すると、今度は雅浩の方が彼に話しかけます。
「なぁ…、軍人。」
「…軍人じゃない、逆刃だ。」
「いやさ、『逆刃』って読みにくいじゃん?だからもう軍人でいいよ。」
「よくはないだろう。お前がよくても俺はよくない。」
「まぁまぁ。…一つ聞きたいんだが、お前…なんでこんなことやってんの?」
「………どういうことだ?」
「いや、あんたが凄いとかそういうことはあの校長から聞いたが…別にこんな胡散臭い組織で働くこともなかったんじゃね?
そもそもオレと大して歳が変わらないのに、自衛隊なんてとこにいる事自体謎なんだが。」
その質問に、逆刃は少し顔をすくめて答えます。
「…それ、か。俺な、親がいないんだ。…孤児ってやつだ。」
「……!」
「まぁ、それについて寂しいと思ったことはなかった。俺は生まれてすぐ、孤児院に入るのではなく、人に引き取られたからな。
どういう経緯なのかは知らないし、教えてもらえなかったけど、当時の自衛隊の陸軍准尉に。
…その人には言葉では言い切れないほど感謝している。格闘術も教養もなんでも教えてくれたし、
なにより弱きものを守ることが、人のために身を粉にして戦うのがどれだけ重要なのか…その人は全て教えてくれた。けど…。」
「…『けど?』なんだよ。」
「……殺されたんだよ、2年ぐらい前に。殺ったのはサイボーグ…改造人間。目の前で殺っていったから分かる。
あの時の情景、今でも思い出そうとすれば鮮明に思い出せる。…思い出したくもないが。」
「………。」
「で、俺はその人の生前からの勧めで、自衛隊に入隊して、さらに自分を鍛え上げることにした。…あいつらに対抗するために。
でも、自衛隊にどうこうできる問題でもなかった。…それで思い悩んでいる時、あの隊長が現れた。
それで俺は、自衛隊を抜けてこっちの世界に入ってきた…ってわけだ。」
雅浩はその話を聞いた後、顔を下に向けて小声で言いました。
「ゴメン。…なんか、ゴメン。悪い事聞いたな。」
「…お前が気に病むことじゃない。…顔を上げろ。そんな気分でいられると、隣で座っている俺が困る。」
「………そうか。そうだよな!別にオレが悪いわけじゃないもんな!そーかそーか!じゃあ、研究の続きと行きますか!」
「いや、悪くないとは言ったが…っていうかもうやめろそれは…。
(…なんなんだ、こいつは?底抜けに明るいのか、俺を馬鹿にしているのか……まったく読めん。)」
*
逆刃はまたため息をふぅとついて前を向き、10号車のドアの上にある、ニュース等の文字が
一定の間隔で左側の方へと出ては流れていくテロップを眺めていました。
右から左へと流れていくニュースは、財界のトップの税金隠匿疑惑だとか、政治家の賄賂問題だとか、
あるアイドルの不倫・熱愛報道など、新聞やニュースで多く取り上げられているものばかりでした。
逆刃はそれをつまらなさそうに見ていましたが、あるテロップを見た途端、目の色が変わりました。
それは、逆刃がテロップを見始めて、大体15個目ぐらいの文字が流れてきたときの事です。
「…つまらないな。まぁしょうがない、か。…ん?」
…………声明:…このあづま号は我らが占拠した。…死にたくなければ無駄な抵抗はするな。逃げようとしても無駄だ。 ……声明:………
「………………こ、これは…ッ!おい!おい!………あれを見ろ!」
「……百烈拳!…ぶつぶつ。 …ぶらぼー、ばっくどろぉーーぷー!ぶつぶつ……。」
逆刃は驚き、雅浩の肩を叩きます。雅浩はマンガを読みながらなにやらブツブツとしゃべっていてまともに取り合いません。
逆刃は怒り、雅浩の読んでいたマンガをばっと奪い去ります。
「…あっ!な、何をしやがる!返せ!」
「今はこんなものを読んでいる場合じゃない!あのテロップを見ろ!」
「てろっぷ?…アニメに地震情報でも重なったのかぁ?そんなぐらいで怒るなよ、支障はないだろ、見るのには。」
「何を言っているんだお前は!ほら、あれだ!」
「うぎっ!!」
雅浩のまるっきり場違いな発言に怒った逆刃は、雅浩の首を無理矢理テロップの方向に向けさせました。
「そら、読め!」
「えっと……このあづま号は我らが占拠した………『占拠』……って、ぇぇえええええ!?」
雅浩はようやく、事の重大さに気づいたようでした。
「せんきょ…って、あの二十歳以上の国民が投票するあれか!?」
「違う!この期に及んで何を言っている!俺達は………。」
雅浩のボケ倒しに怒った逆刃は、今まさに彼につかみかかろうとしましたが…、
その瞬間、九号車の方角の自動ドアが開き、誰かが入ってきました。それは、雅浩にも逆刃にも見覚えのある…。
「……動くな!動けば即座に射殺する!!」
「ひっ……きゃああああああああ」
「…!!お、おい軍人!あれ………。」
「……あぁ、これでこの件がイタズラでない事は分かったな。あいつは…改造人間だ。」
それは、雅浩が以前病院で出会った、顔全体を鉄仮面のようなもので覆い、口の辺りにはガスマスク、
目の代わりの赤色のゴーグルをつけた男…サイボーグでした。二人はそいつが現れるのとほぼ同時に、座席の下に身を隠し、
そのまま小声で話をします。
(ど、どうすんだよ!…なんかまた来たぞあいつ!)
(…落ち着け!あいつ単体は単なるザコだ。…俺達だけでも十分倒せる。しかし…。)
(しかし?)
(奴は銃を持っている。小型で連射製のあるハンドガンタイプのものだ。…そしてこの乗客の数。
今奴とやりあったら…俺達はさておき、乗客たちにも被害が及ぶ!)
(…何ィ?何今更かまけた事言ってるんだよ!やっちまえばいいじゃねぇか!さっさと!大丈夫、人間はそう簡単には死なない!…たぶん。)
(何を言っているんだお前は!?マンガの読みすぎだ!それでなくても被害を出すなとさっきから……。)
「おいそこ!座席の下で何をしている!」
「………!!」
雅浩と逆刃がそんな議論を交わしていると、逆刃の背後に何か冷たい感触がきました。…銃口です。
どうやら話しているうちに、サイボーグに見つかったようです。
「お前達…動くなと警告したはずだが?…そうかそうか、それほど死にたいか。」
サイボーグは逆刃の背中に銃口を向けたまま淡々と話します。逆刃は雅浩に手でなにか合図をすると、
そのサイボーグの方を向いて体を起こし、そのサイボーグに問います。
「…何故こんなことをする?金か?この列車に誰か要人でも乗っているっていうのか?」
「そんなこと、見ず知らずのお前に教える義理はない。…それに、どっちにしろお前達はあと1時間ほどで死ぬのだ。…聞く必要もないだろう。」
「…………そうかい。…なら、俺も別に興味はない。……今だ、ヘルメットの!」
「…おうよ!」
「………!? あぐっ!!」
サイボーグが銃の引き金を引こうとしたその瞬間、逆刃は身をかがめ、その後ろから
ヘルメットを被った雅浩が座席からジャンプし、サイボーグの顔の頬の部分を殴りつけました。
サイボーグの頭はメキメキと嫌な音を立てながらひしゃけて飛び、九号車行きのドアにがこーんと言う音を響かせてめり込みました。
逆刃はゆっくりと体を起こし、ドアにめり込んだサイボーグの前へとやってきます。
「興味はない…って言っただろう。お前達が何かやるっていうんなら、それを全て潰してやるからな。」
「き…貴様……、あの小僧が攻撃する隙を作るために、会話をして注意を向けさせたな……!」
「…ヘルメットってのはかぶるのに若干時間が掛かるのは俺だって知っているからな。…ま、来世では気をつけることだ。」
「く、そっ………。しかし、もう遅いぞ…我ラは既に、運転席を手中に収メ、このままこの列車を…大反駅にフルスピードでぶつけてヤル!
お前達は皆……ゴ ロ シ…ダ! それに…………。」
…どたどたどた………。誰かが走ってくる足音が聞こえました。逆刃はそれに気づいて後ろを振り返ります。すると…、
「どけどけどけどけどけどけー!」
「う、うをぁっ!」
ばこんっ、どたっ。しゃーっ、がちゃっ。…走ってきた「誰か」は、逆刃を突き飛ばして、9号車の方へと走り去ってゆきました。
「い、今のは………。」
「…………ハハハ、アレが言うナレば、我らの『要人』!お前達が下を向いている間に仲間が一人、既に後の車両に向かっていたノダ!」
「何…だと!」
(あぁ、そういえばあいつが話してたとき、誰か一人走っていたのを見たが…言わないほうがいいよな、これは。)
逆刃が驚く中で、雅浩はちょっと”まずいなー”思い、顔をすくめていました。
「さぁ、助けたくば先に進むがイイ!…その要人も、乗客の命も、そして………。……ドギャッ!ギ…ギギ!」
「…話が…長げぇえええッ!!」
サイボーグが最後の断末魔にそのような事をしゃべったその時、そのサイボーグの胴体がめり込んだ顔目掛けて飛んできました。
顔は胴体と接触して、…顔部分のゴーグルはひしゃけ、さっきまで赤く光っていたそれは、あっというまに輝きを失ってしまいました。
投げたのは…雅浩でした。
「ちょっ、お前…なんでそんな事を!」
「…そんなことこの際どうでもいいだろ!ようするに『こいつらの親玉始末しないと、オレ達は全員死ぬ』、そういうことだろ!
オレ、こんなところで死ぬの絶対嫌だからな、戦えっつーんならやってやろうじゃねーか!軍人!あんたはどうなんだ!?」
逆刃は雅浩の思い切った考えに少し驚きますが、すぐに平常心を取り戻して、
「………分かった、行こう。俺だってこんな所で死ぬわけにはいかん。」
「決まりィ!…じゃあさっさと行こうぜ!」
(この男…何も知らないくせに、度胸だけは一人前だな…。危なっかしい、が…そこは評価すべきなんだろう、な。)
後半に続く